わらっ て いいとも。 笑っていいとも!1991

いいとも青年隊・歴代メンバー20人の現在!衝撃順にランキング【2020最新版】

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』テレビジャック事件 活躍の裏では、長くに苦しみ長編を書き終わる毎に体力を消耗して入院し、特に中年期以降の健康状態は心身共に安定していなかった。 なおテレビにはデビュー当初、で放映された『』にレギュラー出演していた事があるがそれ以降は執筆活動を優先して極力出演を避けていた。 死の約2か月前であるの、「」の「」に前日の木曜日にのから紹介され同番組に生涯唯一の出演を果たす。 なお出演を承諾した理由の一つに「『テレフォンショッキング』に出ていないと娘()に莫迦にされるから」だった。 その同番組の本番中に発生した「『笑っていいとも! 』テレビジャック事件」は大きな話題となった。 しかし、前日有吉に番組出演を依頼した有島を初め、橋本治(有吉の紹介で翌週の月曜出演) 、 、 らはいずれも「痛々しくて見ていられなかった」と評している。 また同番組でとのトーク中に有吉自身「不眠症が続いて毎日誘眠剤()を服用しないと寝られないの」とも語っていた。 更にその後、有吉の訃報を伝えたマスコミは揃ってこの事件を有吉の奇行として大きく採り上げた。 『』(2010年1月10日放送回)で有吉の特集が組まれ娘の玉青がゲスト出演した。 その際に玉青は、この「テレビジャック事件」は番組側から頼まれてやった演出であった事を明かした。 「母は一生懸命で真面目な人だから頑張った。 途中でお客さんからがあったみたいだけど母は頼まれた事だからとやり通した」と振り返りその時の有吉の様子を「本当に可哀相だった」と述べている。 また玉青は2013年に出版された『タモリ論』の中でこの出来事が取り上げられた際、事実誤認があると著者のに抗議している。 樋口は番組内での有吉を「みるからにイッちゃって」いたとし、その「暴走」ぶりに激高したがついには「死ねババア」とまで口走ったと記していたが、抗議を受けて映像を入手し検証したところ、番組内容が演出だったことの証拠となる箇所があり、また有吉は終始冷静かつ穏やかで、明石家さんまも「死ねババア」などという発言はしておらず、番組のエンディングにも登場した佐和子に対し「私きょう出てきてね、喋ったの『帰ってよ!』だけですよ。 先生についていきます」と述べていた。 樋口は「全部、長い歳月を経ての妄想、そして幻想だった」として佐和子、玉青、さんまに謝罪し、「『有吉いいとも!事件』はなかったのだと、伝説を打ち止めにしたい」と述べた。 番組ジャックは有吉の数ヶ月前にがやっていて、それも番組の演出だったと、のちに明かしているが、有吉の場合は時をおかずに亡くなったことがあり、「ネットでは人々の妄想が妄想をよび、事件と異なる情報が流布していることが、私としては悔しくてなりません」 と述べている。 第9回:• 第13回:• 第15回:• 第27回:• 第33回:• (『人間臨終図巻I』徳間書店、初版1986年、1996年再版、p. 304)と(「サーモスタットのない人生」角川ソフィア文庫版、p. 36)は死因について疑問を呈している。 主治医の村嶋英世(現、医療法人ファミリー会村島医院院長)は取材に応じて病死としている。 橋本は同年『母子変容』文庫版解説で初めて有吉作品を評し、最晩年の有吉はこの書評に感激して橋本と対談したが、公表された対談はこれが最後となった(「人生、見せ場づくり」『潮』1984年11月)。 との生前最後の対談は公表されていない。 内面描写排除という評価自体は早くから(例えば進藤純孝「郷愁と脱皮の間〈有吉佐和子〉 『紀ノ川』をめぐって」『De Luxeわれらの文学15 阿川弘之・有吉佐和子』解説、講談社、1969年。 宮内淳子『作家の自伝109 有吉佐和子』解説、2000年)あるが、それが能力の問題だと断定した論者は関川が初めてである。 しかし『作家の自伝109 有吉佐和子』所収の初期随筆には生い立ちについて自己の内面的な観察を語る部分が見られる。 一方後期の随筆には「理解は誤解だ」という評論家日沼倫太郎のことばがたびたび引用されており、内面的理解を言語化することへの懐疑がかいまみえる。 玉青を含む3人の関係については丸川賀世子『有吉佐和子とわたし』に詳しい描写がある。 広報すぎなみ(2004年8月21日号/No. 1689) p. 7『散歩道』有吉玉青• NHKラジオアーカイブス 元文芸誌編集長大村彦次郎談. 2018年5月1日中日劇場 中日新聞文化芸能局 発行「中日劇場全記録」• 『笑犬樓よりの眺望』新潮文庫、1996年7月。 秦野章『何が権力か。 胡絜青、舒乙《有吉佐和子,你走得太早(有吉佐和子、あなたは逝くのが早すぎた) 》『人民日報』1984年10月9日。

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タレントの 森田一義 が司会を務める、フジテレビ系列のバラエティー番組。 1982年10月4日にスタートし、月曜から金曜まで毎日正午から生放送されている。 2002年4月に5000回を達成し、タモリは「生放送単独司会」の世界記録としてギネスブックに認定された。 10年2月には7000回を達成してなお記録を更新中だが、14年3月いっぱいで終了することが番組で発表された。 正式な番組名は「森田一義アワー! タモリが日替わりゲストとトークする「テレフォンショッキング」のほか、レギュラーやゲストのタレントらによる企画や視聴者参加のコーナーなどがある。 番組は、客席との距離が近い東京・新宿のスタジオアルタから公開生放送で行われ、観覧する客とのやりとりも見られる。 番組は、お笑いブームの中、若者に支持された「笑ってる場合ですよ! 」の後番組として始まった。 初代プロデューサーの横澤彪の提案で、深夜放送のパーソナリティとして人気のあったタモリを起用。 放送開始直後は視聴率が低迷したが、間もなく「テレフォンショッキング」が注目を集めた。 ゲストが番組中に「友達」に電話し、次回のゲストとして来てもらうスタイルは、「来てくれるかな」「いいとも! 」というお定まりのフレーズと共に定着し、出演者には花輪や祝電が届くようになった。 役者らが出演番組や映画の宣伝のためにバラエティー番組に出演する手法の先駆けにもなった。 番組の平均世帯視聴率は1988年に同番組最高の27. 同社の許諾を得て掲載。 31年以上続く長寿番組の放送回数は、8000回を超える見通しである。 原田英美 ライター / 2013年 出典 株 朝日新聞出版発行「知恵蔵」 知恵蔵について.

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・から制作を実施していた。 ・高平以外のスタッフは全員フジテレビ所属。 この項目には、:2004 で規定されている文字が含まれています()。 この項目ではを扱っています。 閲覧環境によっては、色が適切に表示されていない場合があります。 『 笑っていいとも! 増刊号』(わらっていいとも ぞうかんごう、英称: WARATTE IITOMO SPECIAL ISSUE)は、で(昭和57年)から(平成26年)まで毎週の10:00 - 11:45()に放送されていた。 通称は『 増刊号』。 、制作(2005年7月31日放送分から)を実施していた。 が総合を務めた『』の5日間()を振り返るダイジェスト番組として放送された。 概要 [ ] 、からのとして10月1日から10月1日までされていた『』の後継番組として『笑っていいとも! 』がスタートしたが、本番組も『笑ってる場合ですよ! 』のダイジェスト番組『』の後継番組として、1982年10月24日から当番組の放送が開始された。 当番組では、1982年10月4日から3月31日まで平日正午に生放送していた『笑っていいとも! その他、1月からは、『いいとも! 』生放送終了後の約30分間にタモリとレギュラー陣がスタジオ舞台上でトークを繰り広げる放送未公開トークの一部を当番組で「放送終了後のお楽しみ」として放送していた。 FNNや奇数年に中継する「」 、毎年夏に生放送されている『』の生放送・中継によりその週の通常の『増刊号』が休止された場合、翌週分を含めた先週・先々週の2週間分(10日分)の「テレフォンショッキングダイジェスト」の内容を中心に放送していた。 全編ローカルセールス枠での放送だった。 『笑っていいとも! 』本放送は2014年3月31日に最終回を迎え、当番組は3月30日の放送にて終了した(つまり、同月31日分のダイジェストはこの『増刊号』では放送されなかった)。 『笑っていいとも! 』の後継番組となった情報・バラエティ番組『』では、日曜版のダイジェスト放送が設定されていない ため、ダイジェスト番組『もう一度笑ってる場合ですよ! 』以来34年続いたフジテレビ平日正午バラエティの日曜ダイジェスト放送は、この番組を以って終了した。 出演者 [ ] 本放送のレギュラー出演者については、を参照。 増刊号担当者 [ ] 歴代 [ ]• 1987. 10 - 1995. 9 (初代増刊号アナウンサー、最初の半年は金曜日「テレフォンアナウンサー」と兼任。 1995. 10 - 2001. 2004. 10 - 2006. 2006. 10 - 2011. 2011. 4 - 2012. () 2012. 11 - 2014. 3 (増刊号特派員、不定期)• 4 - 2014. (フリーアナウンサー(当時は小野裕史として活動)、番組開始から、山中アナウンサーまでの期間。 (フジテレビアナウンサー(当時)、番組当初から担当。 顔出しでの出演もあった。 (フジテレビアナウンサー(当時)、2代目)• (フジテレビアナウンサー、3代目)• (フジテレビアナウンサー、4代目)• (、2004. 4 - 2004. 7、番組でお馴染み)• (フジテレビアナウンサー、2004. 12 - 2005. 3、アナウンサーがナレーションをするのは初めて)• (フジテレビアナウンサー、2005. 10 - 2006. (フジテレビアナウンサー、2006. 4 - 2007. (、2009. 3 - 2009. 『』との)• ( 時期不明、クレジット上ではDJと表記)• (フジテレビアナウンサー、不定期)• (フジテレビアナウンサー、2006. 10 - 、不定期)• (フジテレビアナウンサー、2009. 9 - 、不定期)• 2011. 4 - 最終回• 2013. 4 - 最終回• 2012. (フジテレビアナウンサー、2013. 10) 主な出来事 [ ] 放送時間の変遷 [ ] 放送期間 放送時間 放送分数 1982. 24 1984. 25 10:00 - 11:50 110分 1984. 01 1984. 30 09:30 - 11:20 110分 1984. 07 1992. 29 10:00 - 11:50 110分 1992. 05 2014. 30 10:00 - 11:45 105分 放送期間中の出来事 [ ]• 1982年10月4日から『笑っていいとも! 』放送開始。 本放送開始からは20日後の1982年10月24日より『笑っていいとも! 』のダイジェスト番組として本番組放送開始。 番組開始当初のオープニングは、通常の放送と同様、放送開始とともに番組テーマ曲である「ウキウキWATCHING」に合わせてタモリ・いいとも青年隊が歌うシーンが流されたが、サビの最後で映像が静止画となり、観客の拍手の音が大きくなりテーマ曲は演奏を終えた(その直後にCM)。 1990年代に入ると、演奏を終えた後CMに入らず、そのまま曜日レギュラーが登場するシーンにナレーションをかぶせて最初のコーナーに移っていた。 番組開始当初はのが「増刊号編集長」として、一週間のダイジェストの案内役で出演しており、ゲストと嵐山のトークコーナーや番組の最後には「編集後記」ならぬ「編C後記」というコーナーがあった。 嵐山は1987年10月をもって降板し、2代目として関根勤(現在金曜レギュラー)に引き継いだ。 更にアシスタントとして当時フジテレビアナウンサーであったが就く。 岩瀬は関根に「顔がに似ている」と評され、「服部なまこ」というアダ名をつけられていた。 で、1989年1月15日放送分が視聴可能である。 2004年初頭より、「いいとも! 」に縁の深い大物芸能人が「増刊号特別責任編集長」に就任し、「曜日対抗いいとも! 選手権」のゲームや「各曜日日替わりコーナー」など番組内での想い出等を語るコーナーが新設されたが、2004年9月に終了した。 毎年、8月の最後の週に放送されている『』()には、、 、 SMAP 、、、()などが生出演していたが、本番組は予定通り放送された。 の『増刊号スペシャル』では、『特大号』の名場面をダイジェストで放送している。 また、年に1度、『FNSの日』の中で「増刊号生スペシャル」として放送される。 また、の2人は裏番組の「」()の生放送が終了してから『増刊号』に出演するため、毎年、終了時間近くの十数分程しか出演できないのがお決まりである。 オープニングは、番組開始当初から2000年(平成12年)3月30日までは、『いいとも! 』レギュラー放送5日分(1週間)の中でタモリといいとも青年隊が「ウキウキWATCHING」(作詞:小泉長一郎、作曲:)を歌っている様子をそのまま紹介していた。 『いいとも! 』のタイトルロゴもそのまま出た後、「増刊号」の文字が横から飛んでくる形のタイトルロゴだった。 2009年10月11日放送分からオープニングの簡略化に伴い、「ウキウキWATCHING」のテーマ曲に乗せてタモリが登場するオープニングシーンは廃止され、番組スタートからいきなり日替わりコーナーに突入する形に変更された。 このため、番組タイトルロゴは画面左端上部に表記される形に変更された。 2004年(平成16年)7月11日には『緊急生放送 笑っていいとも! 増刊号 選挙SP』がのより生放送され、増刊号特別企画『いいとも! 総選挙』として、各曜日から推薦された若手5組が番組に登場し、による視聴者投票で1位になった者が次週の『増刊号』で特別に自分のコーナーが持てるという特別企画を行い、 87,956票が1位となり当選となった。 推薦:青木さやか 87,956票• 推薦: 32,880票• 推薦: 33,472票• 推薦: 59,791票• 推薦: 83,206票• 2004年の「」での「増刊号生スペシャル」では、のが『』の司会・進行を務め、タモリがテレフォンゲストとして初登場した((ナインティナイン)と火曜日レギュラー SMAP は客席で観覧していた)。 通常『いいとも! 』ではタモリ型の携帯電話のが用意されるが、この時は特別に岡村型のストラップが作られていた。 新いいとも! レギュラー陣の記者会見は3月末または9月末の金曜日に『いいとも! 』が生放送されているで行われ、翌週の『増刊号』でその模様が放送される。 2005年7月31日からハイビジョン制作・を開始した。 2009年10月4日放送分からは金曜日レギュラーである関根勤と(・)がナビゲート役として「いいとも! 5DAYS」のコーナーが開始された。 2010年2月28日、当日に起こったによる列島にが発表されたため、が画面右下に当番組放送終了時間まで表示されていた。 2010年7月19日から23日までの1週間、動画生中継配信サイトにて、11:50 - 12:00(生放送開始)の間、のの模様を特別に配信していた。 2011年7月24日にが停波するのに伴い、2010年(平成22年)7月5日からへの完全移行を前提に、アナログ放送の全番組が画角16:9のに移行するため、本番組もアナログ放送では2010年(平成22年)7月11日放送分よりレターボックスで放送されている。 2010年10月10日放送分より「戦場カメラマン渡部陽一のアルタ最前線! 」のコーナーが開始し「増刊号特別取材班」の戦場カメラマンがレギュラー出演した。 2011年4月3日放送分で当コーナーは終了し、渡部は降板した。 その後、2011年5月6日放送分の『いいとも! 』日替わりコーナー「クイズ! お久しぶりゲストマラソン」の秘密ゲストとして出演したため、5月8日放送分の『増刊号』で1か月ぶりに同コーナーが復活し、以降も「増刊号特別取材班」として時折出演した。 萬DAYS! 」のコーナーが開始された。 2011年7月24日、『増刊号生スペシャル』が放送され、「地上デジタル放送完全移行セレモニー」として、当番組コーナー進行中の正午を以ってが終了し、地上デジタル放送へ完全移行するため、その記念セレモニーを番組内にて実施した。 地上デジタル放送完全移行数分前から説明や地上デジタル放送完全移行への「いいとも! 」コールなどをタモリが行い、正午に3県を除く全国で地上デジタル放送へ完全移行した。 正午から特別仕様の番組タイトル『森田一義アワー 地デジでいいとも! 』が使用され、タイトルロゴのフラッグの色が 赤・ 緑・ 青の3原色となった。 地上デジタル放送移行が延期された東北3県の・・とは生中継をつなぎ、地上アナログ放送が続いていることを説明した。 2012年7月21日()18:30 - 翌(日曜日)20:54 までの2日間、当番組が放送開始30周年目と『FNSの日』が25周年目と言う節目で、当番組をベースとした『』の放送が決定した。 総合司会を務めるタモリは最年長である。 2013年10月22日の『いいとも! 』エンディングにおいて、木曜レギュラーのが「曜日対抗いいともCUP」のコーナー終了後に突如登場。 鶴瓶が「いいとも! 終わるってホンマ? 」と問いかけると、タモリが「来年の3月いっぱいでいいとも! 終わります」とコメントし、2014年3月末で『いいとも! 』『増刊号』両番組の放送終了が発表された。 2014年1月14日放送分で『いいとも! 』放送回数8,000回を達成。 久々にタモリがオープニングで番組テーマ曲「ウキウキwatching」を火曜レギュラー陣、と共に歌った。 「」には、1985年2月25日以来、29年ぶりにがテレフォンゲストとして生出演し、その場でレギュラーになることが発表された。 番組タイトル・ロゴ表記 [ ] 番組タイトルロゴ表記は、平日版の『いいとも! 』と若干異なり、「笑って」のが「増刊号」のところにささっている(平日版は「いいとも! 」に「笑って」の旗がささっている)。 開始当初は通常の「いいとも! 」の表示のあと「増刊号」と表示していたが、以降は上記のオリジナルタイトルとなった。 2009年4月に24年ぶりに番組タイトルロゴが変更され、増刊号の字体が3段重ねになった。 2004年までは番組タイトルロゴを毎週表示していたが、その後は左上に小さく表示されるだけだった。 また、番組開始当初から2008年度末まではこの番組の司会者であるタモリのみが「森田一義」のネームがオープニング登場シーンで表示されていたが、以降は表示されていない。 コラボレーション企画 [ ] 2009年(平成21年)5月3日の放送分から同年8月30日放送分までは、『』との企画にて、冒頭から『増刊号』のタイトルバックが出るまでの約20分間、(声:田中真弓)によるナレーションとアニメ映像が、各曜日コーナー前の紹介と番組タイトルコールに使われた。 冒頭で、タモリを模したキャラを使った船がアニメで描かれていた。 日替わりコーナー最中のは普段通り『増刊号』のナレーションを担当している(フジテレビアナウンサー)が担当していたが、その中で「ルフィありがとう! 」という掛け合いがあった(田中のクレジットはエンドロールでも表記されていた)。 また、ルフィはタモリが出演していたバラエティ番組『』の2010年2月27日放送分の単発スペシャルでもコラボ を果たしている。 コーナー・企画 [ ] 番組終了時点のレギュラーコーナー [ ] テレフォンショッキングダイジェスト 平日正午から生放送されている『笑っていいとも! 』での先週1週間分(5日分)の「テレフォンショッキング」の名珍場面集を月曜日から金曜日までダイジェスト形式で振り返る。 各曜日日替わりコーナーダイジェスト(末期はないことが多かった) 当番組開始当初から行われているレギュラーコーナー。 各曜日日替わりコーナーの司会を務めるタモリを始めとするレギュラー出演者が日替わりコーナーの司会をする、各曜日日替わりコーナーをダイジェストでCM中の未公開シーンも併せて紹介する。 参加型コーナーも合わせて放送する。 日替わりコーナーの詳細についてはを参照。 各曜日放送終了後未公開トーク集 毎回、『笑っていいとも! 』生放送終了後の約30分間、タモリを始めとする月曜日から金曜日までの各曜日レギュラー陣がトークを展開する未公開トーク集。 放送開始当初のタイトルは『放送終了後のお楽しみ』だった。 楽屋レポート 2012年11月11日放送分から、ブレイク寸前の話題の若手の(松下宣夫・植野行雄)の2人が毎週、のハンドを持ち「増刊号特派員」となり、本番ウラの楽屋に突撃訪問し、からの質問をいいとも! レギュラー陣に直接ぶつける。 質問してくれた視聴者やいいとも! レギュラー陣には「特製ゲバブ」がプレゼントされる。 タロット類の館 ネガティブ占い 2012年12月9日放送分から、水曜レギュラーのがとして行っている「」を毎回、レギュラー陣を1人読んで行う。 不定期コーナー [ ] 森田一義アワー 座っていいとも! 毎回、総合司会の森田一義(タモリ)をはじめとする各曜日レギュラー陣が一同、円になったに座り、ドリンク・和菓子を食べながらその日に出されるテーマに沿ってプライベートトークを展開していくコーナー。 番組セットの設定は『Cafe座って! 』(ロゴは『笑っていいとも! 』を模している)というになっている。 進行は収録日に担当した(2010年9月までは曜日担当制)テレフォンアナウンサーが担当する。 ドリンクやお菓子などを持ってくるオーダー役はウエイト役のいいとも青年隊・少女隊・AD隊が担当。 過去はウエイトレス役のいいとも少女隊が担当していた。 2011年1月からは毎年、冬の期間は特大のに入って、タモリを含む各曜日レギュラー陣が入ってお茶やみかんを食べながらトークを展開している。 いいとも! NEWS 『笑っていいとも! 』での大きな出来事などをにして紹介する。 いいとも! ゲストLIVE 『森田一義アワー 笑っていいとも! 』にゲスト出演したらが『増刊号』の番組エンディング部分にて、ゲストアーティストが持ち歌・楽曲を披露する。 主にアーティストが多いが、国内アーティストが出演することもある(例:、、などほか多数)。 その後、2010年10月10日放送分より「戦場カメラマン渡部陽一のアルタ最前線! 」が開始されたことにより、渡部によるエンドトークの部分となったため一旦終了となったが、2010年12月5日の放送分で復活した。 いいとも! お笑いLIVE 各曜日日替わりコーナーゲストで来た若手お笑い芸人のネタを披露するコーナー。 聞いていいとも! トークライブ 2012年4月16日放送終了後より放送開始。 各曜日レギュラー陣同士で、素朴な疑問や今一番聞きたいことを質問。 お互いをよく知りお互いの親交を深め合うトーク企画。 過去のコーナー・企画 [ ] レギュラーコーナー [ ] 日曜お気楽組 初代増刊号アナウンサーである中井美穂が当時番組独自コーナーとして企画したコーナー。 いいとも! リクエスト 1990年10月 - 1991年3月まで放送。 過去の『いいとも! 』の名場面を視聴者からのリクエストに応えて放送。 いいとも! ファンクラブ通信 視聴者から当番組宛に届いたはがきに各曜日レギュラー陣が答えるコーナー。 進行は増刊号アナウンサーが担当していた。 当初は番組の一番最後に放送されていた。 また、当時はアルタの楽屋前にタモリ以外のレギュラーが集合して行っていたが、後期には放送終了後のスタジオで行うようになった。 Break Spot 2004年4月から7月までに行われているレギュラーコーナー。 毎回、『森田一義アワー 笑っていいとも! 』生放送終了後の約30分間にタモリを始めとする月曜日から金曜日までの各曜日レギュラー陣がプライベート・仕事といった出来事のトークなどを展開する当番組だけの「放送終了後未公開トーク集」を放送する。 瞬間大ウケランキング 2004年4月から7月までに行われているレギュラーコーナー。 毎回、『森田一義アワー 笑っていいとも! 』の5日分(1週間)を通して、一番客席のウケ(歓声)が良かったものをランキングにして1位から10位まで順番に発表をする。 いいとも! 5DAYS 平日正午から生放送されている『森田一義アワー 笑っていいとも! 』の先週1週間(5日分)の「各曜日日替わりコーナー」、「テレフォンショッキング」、「曜日対抗いいとも! 選手権」、「放送終了後の未公開トーク集」などの名珍場面集を振り返るコーナー。 過去に2009年5月3日-同年8月30日までは、『増刊号』の放送開始時間前に放送している テレビアニメ『ONE PIECE』とのコラボレーションとなり、同アニメの登場であるルフィ(声:田中真弓)がナビゲーターとして登場していた。 2009年10月4日放送分からは金曜日レギュラーである関根勤とオードリー(若林正恭・春日俊彰)がナビゲート役として、スタジオアルタの屋上や内、廊下などから収録・をして放送している。 また、関根とオードリーの先週1週間の様子やエピソード(出来事)なども紹介している。 2010年10月3日放送分をもって当コーナーは終了。 ただし、セットの看板自体はオードリーがアルタの楽屋に保管しており、オードリー曰く「コーナーは終わったのではなく、あくまで一時休止であり、いつでも復活させようという気はある」とのこと(2010年11月14日放送分より)。 その後、当コーナーは2010年12月12日の放送分で復活したが、この日は年末年始に生放送されている『特大号』の中のスペシャルコーナーである「いいとも! ものまね歌合戦」の打ち合わせのため欠席した関根勤に代わって、「戦場カメラマン渡部陽一のアルタ最前線! 」の増刊号のコーナーで「増刊号特別取材班」を努める、戦場カメラマンの渡部陽一がナビゲート役として関根の代役で登場した。 戦場カメラマン渡部陽一のアルタ最前線! 2010年10月10日放送分より本コーナー放送開始。 「増刊号特別取材班」の戦場カメラマン渡部陽一が平日正午から生放送されている『森田一義アワー 笑っていいとも! 』の先週1週間(5日分)の各曜日日替わりコーナーや「テレフォンショッキング」、「曜日対抗いいともCUP」などの名珍場面集を振り返るコーナー。 また、毎週各曜日(1日)にお邪魔して『いいとも! 』の裏側、各曜日レギュラー陣や日替わりゲストのにお邪魔してインタビューしたり、徹底的に取材し紹介する。 戦場カメラマンである渡部陽一が自前のを手にリポートする。 渡部が自ら戦場で撮影した写真を紹介する「戦場カメラマン渡部陽一のちょっとイイ写真」のミニコーナーが番組後半部分で盛り込まれている。 いいとも! 萬DAYS! 平日正午から生放送されている『森田一義アワー 笑っていいとも! 』の先週1週間(5日分)の「各曜日日替わりコーナー」、「テレフォンショッキング」、「曜日対抗いいともCUP」、「放送終了後の未公開トーク集」などの名珍場面集を振り返るコーナー。 2011年(平成23年)7月17日放送分には、戦場カメラマン渡部陽一がゲストとして登場した。 萬田の番組卒業に伴い、2011年(平成23年)10月2日放送分を以って当コーナーは放送終了した。 特別番組 [ ] 新春スペシャル [ ]• 毎年、明けの最初の『笑っていいとも! 』は『 増刊号あけおめスペシャル』あるいは『 大増刷スペシャル』と題して、『笑っていいとも! 増刊号』の「2時間スペシャル」あるいは「1時間半スペシャル」「1時間45分スペシャル」枠にて放送されている。 2004年(平成16年)度・2009年度(平成21年)から2014年度(平成26年)は、通常の『増刊号』の放送時間帯である、10:00 - 11:45枠内にて放送(年によってはに放送されていた)。 2005年(平成17年)度から2008年(平成20年)は、の12:00 - 13:30、12:00 - 14:00に『いいとも! 』が生放送されている枠内と『』が放送されている枠内にて、『増刊号スペシャル』を設けていたこともある。 その翌日は、その年度初めの『いいとも! 』が生放送されていた。 2010年(平成22年)・2011年(平成23年)度は編成上の都合で放送されず、年度初めの『いいとも! 』は通常放送となった。 各年度の放送日時・タイトル (2014年) 放送日 曜日 放送時間 番組タイトル 備考 2003年1月5日 日 10:00-11:45 笑っていいとも! 増刊号 大増刷スペシャル• この年は通常の増刊号と放送日が重なったため、 は通常の内容を行った。 2004年1月4日 日 10:00-11:45 笑っていいとも! 増刊号 大増刷スペシャル• 通常放送と同枠 2005年1月5日 水 12:00-14:00 笑っていいとも! 増刊号 大増刷スペシャル 2006年1月5日 木 12:00-13:30 笑っていいとも! 増刊号 あけおめスペシャル 2007年1月4日 木 12:00-13:30 笑っていいとも! 増刊号 あけおめスペシャル 2008年1月4日 金 12:00-14:00 笑っていいとも! 増刊号 あけおめスペシャル 2009年1月4日 日 10:00-11:45 笑っていいとも! 増刊号 あけおめスペシャル• 通常放送と同枠 2010年1月10日 日 10:00-11:45 笑っていいとも! 増刊号 あけおめスペシャル• 通常放送と同枠 2011年1月9日 日 10:00-11:45 笑っていいとも! 増刊号 あけおめスペシャル• 通常放送と同枠 2012年1月8日 日 10:00-11:45 笑っていいとも! 増刊号 あけおめスペシャル• 通常放送と同枠 2013年1月6日 日 10:00-11:45 笑っていいとも! 増刊号 あけおめスペシャル• 通常放送と同枠 2014年1月5日 日 10:00-11:45 笑っていいとも! 増刊号 あけおめスペシャル• 通常放送と同枠• この年を以って『増刊号』の新春スペシャルは終了。 オープニング オープニングでは毎回、タモリとその年の女性増刊号アナウンサーによる新年の挨拶から始まる。 毎年、タモリの「笑っていいとも! (増刊号)今年も行ってもいいかな? 」の掛け声で番組はスタートする。 主な番組内容・企画• 『笑っていいとも! 増刊号』のスペシャル版。 前年、年末年始に『』で行われた「」をノーカットでするほか、各曜日のレギュラー出演者全員によるやオリジナル福袋のプレゼント企画などが行われる。 なお、書き初めについては、のが評価と判定を行う。 FNS27時間テレビ 生スペシャル [ ]• 毎年7月末にされる『』のの中からお昼の時間帯、通常の『増刊号』が放送されていた10:00 - 12:30頃にかけて『 増刊号生スペシャル』あるいは『 増刊号スペシャル』と題して、生放送のスペシャル版が放送されていた。 総合司会の森田一義(タモリ)を始めとする全曜日レギュラー陣が集まり、『いいとも! 』の名物スペシャルコーナーに曜日対抗戦で優勝曜日を決める他は、1週間の「テレフォンショッキング」のCM中の未公開トークをダイジェストで放送する。 オープニングでは、タモリが 「今が一番(「 いっちばん」とためて言う) 辛い時です」と言い、曜日レギュラー達から突っ込まれるのが恒例となっていた。 このくだりは終了後のにもタモリの出演したコーナー冒頭で行われている。 放送日 放送時間 番組タイトル 備考 1987年7月19日 09:30-11:45 笑っていいとも! 臨時増大号 1988年7月17日 10:00-12:45 笑っていいとも! 増刊号 電リクスペシャル• 過去のコーナーの映像を電話リクエストで放送する予定だったものの、前夜に実施したCGキャラクターのネーミング募集(結果的に「ノケゾリーナ」と名付けられた)の電話が殺到し、回線がパンク状態となったため急遽中止。 そのため、用意されていたVTRを一部流す形となった。 コーナーの最後には1982年10月4日の第1回のオープニングも放送された。 コーナー中には鶴瓶やスタジオに来ていた初代青年隊のが本番中にもかかわらず爆睡している姿が生放送された。 1989年7月16日 10:00-12:30 笑っていいとも! 増刊号 デラックス• 曜日レギュラーのダウンタウンとウッチャンナンチャン、当時の青年隊であるK・ChapS! 、元レギュラーの三田寛子がスタジオに駆け付けた。 途中には当日時点までの歴代レギュラー陣(青年隊含む)を紹介するVTRが流されたほか、1984年10月12日に行われたさんまへのドッキリがクイズ形式で紹介された。 1990年7月22日 10:00-12:30 笑っていいとも! 増刊号 スペシャル 1991年7月21日 不明 笑っていいとも! 増刊号 スペシャル 1992年7月19日 10:00-11:30 笑っていいとも! 増刊号 スペシャル 1993年7月25日 09:30-11:30 笑っていいとも! 増刊号 スペシャル 1994年7月24日 10:30-12:30 笑っていいとも! 増刊号 スペシャル 1995年7月16日 10:00-12:30 笑っていいとも! 増刊号 スペシャル• 木曜レギュラーの笑福亭鶴瓶と金曜レギュラーの明石家さんまが増刊号の企画で対決をし鶴瓶が負けたため、罰ゲームとして鶴瓶がさんまの自宅を掃除している映像を公開。 1996年7月14日 10:00-12:45 笑っていいとも! 増刊号 スペシャル• 河田町社屋からの放送はこの年が最後。 1998年7月19日 09:30-11:30 笑っていいとも! 増刊号 スペシャル• 2年ぶりの放送。 この年は、平日の放送と同様に新宿・スタジオアルタから生放送された。 1999年7月18日 10:00-12:00 笑っていいとも! 増刊号 スペシャル• この年から、お台場・からの生放送となった。 2000年7月9日 10:00-12:30 笑っていいとも! 増刊号 スペシャル 2004年7月25日 9:30-11:30 FNS27時間テレビ 笑っていいとも! 増刊号 生スペシャル• タモリが「テレフォンショッキング」のテレフォンゲストという形で初出演。 3年ぶりの放送。 オープニングでは2000年2月以来、4年5か月ぶりとなる『ウキウキWatching』の歌唱が行われ、総合司会のナインティナインと中居正広が青年隊役を務めた。 総合司会を務めていたナインティナイン岡村隆史がタモリ役となり、客席には岡村と共に総合司会を務めていた相方の矢部浩之、中居正広(火曜レギュラー)が座っていた。 2005年7月24日 9:30-12:00 FNS25時間テレビ 笑っていいとも! 増刊号 生スペシャル 2006年7月16日 10:00-12:30 FNS26時間テレビ 笑っていいとも! 増刊号 生スペシャル 2007年7月29日 10:00-12:30 FNS27時間テレビ 笑っていいとも! 増刊号 生スペシャル 2008年7月27日 10:30-13:00 FNS27時間テレビ 笑っていいとも! 増刊号 生スペシャル• 総合司会のが「テレフォンショッキング」のテレフォンゲストという形で生出演。 2009年7月26日 10:30-12:30 FNSの日26時間テレビ 笑っていいとも! 増刊号 生スペシャル• 総合司会のが「テレフォンショッキング」のテレフォンゲストに22年ぶりという形で生出演。 お友達紹介には、を紹介したがCM明けでようやく登場すると言う形になった。 番組内容は各曜日チームにヘキサゴンチームを加えた6チームで優勝を争う「曜日対抗いいとも選手権 生スペシャル」で当時、 火曜日メンバーだった里田まいがヘキサゴンチームの女性リーダーを担当した(なお、男性リーダーはが担当していた)。 2010年7月25日 10:30-12:30 FNSの日26時間テレビ 笑っていいとも! 増刊号 生スペシャル• 前回同様に各曜日チームによる対抗戦。 出題者の1人として登場した上地は保育園時代の先生と24年の時を越えて再会を果たした。 そして、の出発直前まで当時の話に華を咲かせた。 2011年7月24日 11:15-12:35 FNS27時間テレビ 笑っていいとも! 増刊号 生スペシャル• 毎年恒例の曜日対抗戦形式で、総合司会の岡村隆史(ナインティナイン)は中居正広 SMAP と同じく火曜チームとして参加し、「ちょいモテヒーロー誕生 ドヤテクZ」、「世代別アンケート アラゆる答えハンティング」を世代別にハンティングした。 それ以外のエピソードはを参照。 2012年7月21日 - 7月22日 18:30-翌20:54 FNS27時間テレビ 笑っていいとも! 真夏の超団結特大号!! 徹夜でがんばっちゃってもいいかな? 詳細はを参照。 2013年8月4日 10:20-12:00 FNS27時間テレビ 笑っていいとも! Presents 眠気なんて吹っ飛ばせ! チャレンジするなら? 今でしょSP• 今回は番組タイトル名が『笑っていいとも! 増刊号』ではなく『笑っていいとも! 』単体となった。 番組名物コーナー「」は実施されず。 2008年に総合司会を務めた明石家さんまと2009年に総合司会を務めた島田紳助は他のコーナーには出演せずに、「テレフォンショッキング」のコーナーにテレフォンゲストとして出演。 なお、紳助は翌2010年も総合司会を務めたが、この回は「テレフォンショッキング」は行われず、紳助は他コーナーに出演。 1987年、1996年、1999年の3回は2部制だった。 増刊号の生放送スペシャル最後の放送年となった2013年の放送では、番組の主題歌である『ウキウキwatching』自体流れていてないうえに、タイトルコール自体タモリが言ってない。 特別番組などでの異時放送・休止 [ ] 重大ニュース [ ] 長期間に渡る放送の中で、臨時ニュースなどで放送を中断する事も多くある。 過去に『FNN報道特別番組』や臨時ニュースなどで、急遽(もしくは予定通りに)休止・途中中断・一時中断などの処置が採られた主な出来事は以下の通りである。 の(1989年1月7日)(同2月24日)や(、1995年(平成7年)1月17日)など重大ニュースのために通常放送が大幅に休止・変更された場合、過去の放送を編集した特別版を放送したこともあった。 1988年9月25日は前週に昭和天皇が倒れたために映画「」に差し替えられた。 1995年1月22日の『増刊号』は内容を大幅に変更し「リクエスト特集」と題して過去放送のVTRから厳選したものを放送。 同年1月16日(テレフォンゲスト:)を含む「テレフォンショッキングダイジェスト」は翌週1月29日に持ち越して放送した。 2003年3月23日放送分は、開戦。 『増刊号』の中で、未放送シーンが放送された。 2007年3月25日、沖で発生したM7. 1のでは、(「テレフォンショッキング」総集編のコーナーが終わった)10:30頃から約20分間断続的に地震関連ニュースを挿入。 その後は逆L字放送で対応。 一部地域では津波注意報の地図テロップが挿入された。 2009年4月5日、がを発射したとの臨時ニュースで「座っていいとも! 」コーナーの途中から休止。 奇しくもこの日は同年3月29日まで遅れネットで放送されていた沖縄テレビが同時ネットに格上げされ、フジテレビ系列全局が通常時では同時ネットによるフルネット放送になったばかりだった。 なお、この日の『森田一義アワー 座っていいとも! 』は未公開シーンが翌週に放送された。 2010年2月28日、チリ大地震に伴うの緊急ニュースにより、一度目のCM明けの10:15頃からの約10分間、番組を一時中断し、本来の放送の二度目のCM明けに設定されていた部分から放送を再開した。 2011年3月20日 も特別番組「」が放送されたために放送休止となった。 オリンピック中継 [ ]• 1996年7月21日放送では、のために11:45-13:30 に放送された(直前の『』は11:00から、直後の『産経テレニュースFNN』は11:35から、『』は13:30から放送された)。 マラソン中継 [ ]• 毎年、日曜日の12:00 - 14:55 に掛けて(毎年1月最終週「」、毎年3月の第2週目「」(2010年まで))などが生放送される場合は、11:45から事前情報番組を放送する関係で、当番組の放送時間を10分繰り上げて10:00 - 11:35 の放送となる(『産経テレニュースFNN』は11:40からの短縮放送)。 場合によっては通常放送の場合がある。 2012年以降、3月第2日曜日に行われる「」の放送時間は9:00 - 11:50 のため、『増刊号』の放送は休止。 2007年2月18日・2009年3月22日・2011年2月27日・2013年2月24日には、9:00 - 11:50 の時間帯に『』のがあり、この場合、この週の『増刊号』の放送が休止される(なお、先週の放送分の「テレフォンショッキング」などすべて、翌週に当週分と合わせて、計10日分(2週間分)をダイジェストして放送される)。 以降の年のこの時期は、「東京マラソン」中継で1週だけ放送が休止される。 特別番組 [ ]• 毎年、夏に生放送がされている大型『FNS27時間テレビ』で当時裏番組の司会者だったが総合司会の「」として放送した2002年・2003年でもその翌週に週末に「FNS27時間テレビ みんなのうた」があった週とその週の「テレフォンショッキング」などを放送していた。 また、2004年(平成16年)以後「FNS27時間テレビ」の放送があった翌週に2週間の総集編を放送している(2004年はタモリはテレフォンゲスト・ナインティンナインの岡村隆史はの「テレフォンショッキング」の完全版(CM中の部分を含む)などを放送した)。 2006年12月31日は、「」(一部地域を除く)などの年末特番のために休止し、-に放送された分は翌週2007年1月7日に翌年1月5日に放送した分を含め放送された。 スタッフ [ ] 最終回時点 [ ]• ナレーション:斉藤舞子• スーパーバイザー:• 振り付け:渡辺美津子、JUN• 編集:鈴木敬二()、渡邉実()、中島史雄、小谷田早彩、西村菜那子• MA(マルチオーディオ):雲類鷲慶太• 音響効果:越塚仁士、南舘祥恵• TK(タイムキーパー):西田恵子• AP(アシスタントプロデューサー):黒柳法子(以前は制作進行)• 連絡:小林琴美• AD(アシスタントディレクター):大野和幸• 編成:夏野亮(フジテレビ)• 監修:(フジテレビ、以前はCP)• オブザーバーD:印田弘幸・鈴木剛(チェリーズ)• 制作プロデューサー:及川俊明・伊戸川俊伸()• 各曜日ディレクター:・中川将史・・山田賢太郎・高橋正尚(フジテレビ)• ディレクター:杉原裕一、庄司裕暁・東隆志()• プロデューサー:・・(フジテレビ)• チーフプロデューサー:(フジテレビ)• スタッフ協力:、• 技術協力:• 制作協力:• 制作:フジテレビバラエティ制作部• 制作著作:フジテレビ ネット局 [ ] 『笑っていいとも! 増刊号』 ネット局 放送対象地域 放送局 系列 放送日時 遅れ 脚注 フジテレビ CX 日曜 10:00 - 11:45 制作局 UHB 同時ネット MIT OX AKT SAY FTV NST NBS SUT BBT ITC FTB THK KTV ・ TSK OHK TSS EBC KSS TNC STS KTN TKU TOS フジテレビ系列 UMK フジテレビ系列 KTS フジテレビ系列 OTV ネット局での特別番組による変更・休止 [ ]• 『FNSの日』をネットしていない局(・2007年以降のテレビ大分)は、その週に該当する『増刊号』の放送は休止され、振替放送も行われていなかった。 毎年8月に『』(日本テレビ系列)をネットするテレビ大分・テレビ宮崎・沖縄テレビの3局では、当日の『増刊号』の放送は休止され、振替放送も行われていなかった。 テレビ長崎は、8月9日が日曜に当たった場合、1945年の8月9日にが起きた日であり、長崎原爆投下関連の報道特別番組を放送するため、その日に本番組の放送は放送時間を繰り下げてその日の昼に遅れネットによる振替放送を行ったことがある。 岡山放送では2006年以降の毎年2月第1日曜にを制作・生中継する関係で正午(2011年以降12:30 )からの振替放送を実施していた。 なお、2011年までテレビ新広島・山陰中央テレビ・テレビ愛媛・高知さんさんテレビの4局でも同時ネット を実施。 2012年からでの放送に切り替えた関係で放送されず増刊号の同時ネットとなった。 ちなみに2006年大会のみ、当時『増刊号』担当の中野美奈子アナウンサーが優勝者インタビュアーを担当した。 岡山放送では上記以外にも2008年4月13日に開通20周年記念編成のため当番組は正午から振替放送された。 山陰中央テレビでは2008年以降の毎年3月第3日曜にを制作・生中継する関係で、正午からの振替放送を実施。 また、2011年のみ前述の通り東日本大震災の影響により中止。 しかし、編成上の都合によりフジテレビの特別番組を放送せず別番組を放送した。 関西テレビはかつて11:25で飛び降りて、を編成していたこともある。 また、阪神・淡路大震災が発生して最初の日曜日だった1995年1月22日は本番組の放送を休止した(この震災の特別番組の放送を優先したため)。 テレビ大分・サガテレビ・テレビ宮崎・沖縄テレビは2008年8月17日8:00 - 11:30 に「・(日本テレビ制作)」の放送があった。 そのため、テレビ大分は15:00から5時間遅れの放送だったが、サガテレビ・沖縄テレビは通常は7:30 - 8:55に放送される『』が正午 - 13:30に繰り下げ放送されたことや「」での放送の折り合いから振替放送は行われなかった。 テレビ大分は2010年6月6日 8:00 - 11:25 に日本テレビ制作の『・MAKE THE FUTURE 地球を守る!? とんでもない人グランプリ』を同時ネットしたため当日の15:00 - 16:45に5時間遅れでの放送に変更。 テレビ西日本は2011年12月11日 10:00 - 11:45 に『ホークス優勝おめでとう 8年ぶり 日本一の大行進ダ!!! (優勝記念特番)』を放送したため、当日の正午 - 13:45に2時間遅れでの放送に変更。 沖縄テレビは2012年2月19日に「」、2月26日に「東京マラソン」(日本テレビ制作)をそれぞれ放送したため2週連続休止。 さらに3月11日の「名古屋ウィメンズマラソン」中継による休止も合わせると、この1か月間で3回も放送休止となる。 なお、これによりその振替放送はいずれも行われなかった。 仙台放送は2013年11月24日 10:00 - 10:05に『直前リポート! 優勝パレード』、10:05 - 10:35に『』(再放送)、10:35 - 11:30に『スペシャル 完全生中継! 楽天イーグルス優勝パレード』、11:30 - 11:50に『』 をそれぞれ放送したため休止。 なお、この時の振替放送は行われなかった。 テレビ熊本では2012年以降の毎年2月第3日曜の8:55から生中継を制作・放送する関係で、翌日未明(当日深夜)に振替放送されていた。 ネット局での過去の時間変動 [ ]• 関西テレビでは自社番組編成のため、初期には金曜の夕方、土曜の昼に放送されていた。 一時期、ニュースの後12:00 - 13:45 に放送していた時期もある(現在この枠は、『』が放送されている)。 2002年4月以降はてれび博物館の放送時間移動により同時ネットとなる。 長野放送でも東海テレビ制作「てれび博物館」同時ネットにより、長年フジテレビより3時間遅れの日曜日13:00 - 14:45 に時差放送されていた。 また、編成上の理由により一時期は、1週間遅れの土曜に放送枠が移動になったり、1週間遅れで10:30からの放送を東海テレビよりネット受けして放送したこともある。 しかし、1週間遅れの放送には視聴者からの不満が寄せられたためなのか、いずれも元の日曜13時に放送時間が戻されていた。 なお、その後「てれび博物館」の放送時間移動により、同時ネットとなる。 北海道文化放送は同時ネットだが、以前(1998年3月29日放送分まで)は、フジテレビと同時間帯に1週遅れでネットしていた時期がある。 さらにスタート当時、1989年にが開局するまでの日曜10時枠は、『』など系列の番組枠として当てられていたため、土曜日13時から6日遅れで放送されていた。 総合司会・タモリの出身地である福岡県を放送エリアとするテレビ西日本が同時ネットに踏み切ったのは、同局の当該枠での自社番組制作を終了させた2002年4月からで、基本ベースは3時間遅れで放送していた。 増刊号」と題して金曜 19:00 - 19:30 でも放送したことがあった。 その影響で、通常15時放送開始のが拡大版の際(制作局の関西テレビが14:35から放送していた場合)でも、テレビ西日本では通常通り15時から放送開始していたケースもあった。 また、各県でも、テレビ西日本にならって、放送時間を遅らせていた局があった。 後年は、ドリーム競馬の拡大版の際は、日曜13時の増刊号を休止し、土曜13時枠に振り替える処置を行うケースもあった(この場合、6日遅れ放送となる)。 沖縄テレビでは、2008年9月までは2時間遅れの正午 - 13:45、同年10月から半年間は3時間遅れの13:00 - 14:45に放送されていたが、2009年3月29日まではフジテレビ系列局では最後の通常時での遅れネット局であった。 しかし、マラソン中継などの特別番組で放送休止になるうえ振替放送も行われない場合も度々あった。 また、2002年頃からは当日放送分の遅れネットとなった。 そして、2009年4月5日からは同時ネットに格上げされたうえ、放送開始から26年半でようやくフジテレビ系列全局で通常時は同時ネットで放送されるようになった。 因みに、以前は通常時においては日本テレビ系列番組の同時ネット番組などを放送していたため。 それでも、の通り、フジテレビ系列全局で通常時での同時ネット化を達成した後も、ネットワークセールス枠への転換は行われず、放送終了までの5年間も引き続き全編ローカルセールス枠で放送され続けた。 仙台放送・福島テレビは開始当時「」を同時ネットしていたため、同じ日曜正午からの放送(1週遅れ)だった。 その後2局とも同時ネットへと切り替えた。 仙台放送では、1995年4月に10:30 - 12:25(途中ニュースを挟む)に変更されたのち、同時ネットに移行した。 福島テレビでは、1983年10月2日から1997年3月30日までは、12:00から1週遅れで放送されていたが、1997年4月6日から同時ネットに移行した。 当該の時間帯は、「」と「」に移行。 秋田テレビでは、ANNとのクロスネット時代は、土曜正午から1週遅れの放送。 FNNフルネットになった1987年4月から同時ネット化された。 福井テレビでは、・・との共同制作番組「」の関係で日曜昼に時差ネットを行っていたが、同番組終了と共に同時ネットへと移行した。 ()では放送開始当初のみ日曜の昼に遅れネットしていたが、その後は放送終了まで長らく非ネットを続けていた。 なお、青森県では周辺のフジテレビ系列局(北海道文化放送、岩手めんこいテレビ、秋田テレビ)での視聴は可能だった。 また、テレビ山口(TBS系列だが、1987年9月まではTBS系列・フジテレビ系列クロスネットだった)では長年に亘り約1週間遅れの土曜 正午 - 13:45に放送されてきたが、約1週間遅れの土曜 14:00 - 15:45を経て、6日遅れの土曜 13:40 - 15:25 に放送されていたが 、同局では2011年3月25日で平日の『笑っていいとも! 』の遅れネット終了に伴い、増刊号も2011年3月27日分をもってネットを打ち切った。 なお、山口県でも青森県と同様に周辺のフジテレビ系列局(山陰中央テレビ、テレビ新広島、テレビ愛媛、テレビ西日本、テレビ大分)での視聴は可能だった。 高知県の場合、高知さんさんテレビ開局以前はで放送されていた。 当初は土曜日の昼の時間帯での遅れ放送で、放送時間そのものも流動的であった(扱いとしては単発枠「」の1パートとして放送されていた)。 その後、1996年10月から半年間の中断を経て、1997年4月からは高知さんさんテレビで完全同時ネット化された。 岩手県では、(日本テレビ系列)で、北海道文化放送や秋田テレビと同様に、土曜の昼に放送していたが、その後は岩手めんこいテレビに放映権が移動した。 山形県の場合、さくらんぼテレビ開局以前は(現・テレビ朝日系列)で放送していた。 当初は日曜の14時から、後に13時からの時差ネットに変わった。 その後、1993年4月の同局のネットチェンジからの4年間の中断を経て、1997年4月からはさくらんぼテレビで完全同時ネット化された。 新潟総合テレビは開局直前の1983年9月まで、平日版『いいとも! 』の放送を行わず、『増刊号』のみを6日遅れの土曜の昼に放送していた。 フジテレビ系列フルネット局化された後も、長らく日曜正午からの放送(1週遅れ)だったが、2000年1月からは同時ネットとなった(同時に日曜日の大幅な改編が行われ、10時に放送していた『』は、時間枠短縮の上で正午、14時からの2時間単発枠は13時、15時からはから放映権が移ったに変更された。 1999年12月26日放送分は同年12月31日16:00~ この日は金曜 に放送された)。 石川テレビは1984年12月22日まで、富山テレビは1985年3月30日まで土曜 13:00 - 14:25分にて85分短縮版を放送していたが、石川テレビは1985年1月13日に、富山テレビは1985年4月7日に、それぞれ同時ネットに移行した。 関連商品 [ ] 書籍 [ ]• フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part1』(、1983年、)• フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part2』(サンケイ出版、1983年、)• フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part3』(サンケイ出版、1983年、)• フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part4』(サンケイ出版、1984年、)• フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part5』(サンケイ出版、1984年、)• フジテレビ編『タモリの笑っていいとも! 世界にひろげよう友だちの輪ッ part6』(サンケイ出版、1984年、)• 笑っていいとも! 殺人事件 名探偵タモリ誕生する(サンケイ出版、1986年3月、)• タモリ、『タモリ鶴瓶のおぼえてるでェ! 』(出版、1987年、)• タモさん、トコさんの金言・格言色紙でどうじょ! (、1989年1月、)• タモさん、トコさんの金言・格言色紙でどうじょ! Part2(ベストセラーズ、1989年6月、)• タモリ・ウッチャンナンチャンの世紀末クイズ それ絶対やってみよう(フジテレビ出版、1991年8月、)• タモリの、ダウンタウンも世紀末クイズ それ絶対やってみよう2(フジテレビ出版、1991年12月、)• タモリ・ウッチャンナンチャンのダウンタウンもみんないっしょに世紀末クイズ それ絶対やってみよう3(フジテレビ出版、1992年4月、)• 笑っていいとも! 編『タモリの世紀末伝説 関根くん家とマチャミん家のおかしな人々』(フジテレビ出版、1993年12月、)• 世紀末ゲーム 爆笑! オールスタータモリンピック(フジテレビ出版、、1992年11月)• 笑っていいとも! あー(、、1997年11月)• LOVE LETTERS すばらしいラブレターの世界(、、1997年12月)• 森田一義アワー 笑っていいとも! 秘密のつながりグランプリ(、、1998年12月)• 森田一義アワー 笑っていいとも! インスタントイングリッシュ〜おばちゃん海外輸出計画〜(フジテレビ出版・出版、、1999年5月30日)• 森田一義アワー 笑っていいとも! 「Mr. ビジョアル」写真集(、・ホーム社、1999年6月17日)• 森田一義アワー 笑っていいとも! 超変身ビフォー・アフターコンテスト(、フジテレビ出版、2000年5月)• 科学実験で笑っていいとも! (学研マーケティング(学研M文庫)、、2000年11月)• 森田一義アワー 笑っていいとも! 曜日対抗いいとも選手権!! BESTゲーム集88(新社、、2002年10月20日)• 目指せ! 達筆王〜すぐに上達する132のコツ〜(、、2006年3月23日)• 私服だらけの『中居正広増刊号』〜輝いて〜(扶桑社、、2009年8月18日)• 恋していいとも! あるある川柳(扶桑社刊、、2010年9月17日)• 私服だらけの『中居正広増刊号』〜輝いてPart2〜(扶桑社、、2012年12月11日)• 私服だらけの『中居正広増刊号』〜輝いてPart3〜(扶桑社、、2013年1月15日)• 嫁タレVSハライチ澤部 夢の炊き込みご飯 夢炊き屋 レシピ(扶桑社、、2013年10月22日)• 私服だらけの『中居正広増刊号』〜輝いてPart4〜(扶桑社、、2014年4月18日) グッズ [ ]• フジテレビ本社屋7階「エフアイランド」、、 などにあるフジテレビショップでは、上記に紹介した書籍(絶版除く)や「青汁まんじゅう」など、いいとも! 関連グッズを販売している。 CD [ ]• (2010年5月12日発売) テレビゲーム [ ]• 笑っていいとも! タモリンピック(アテナ、、1994年4月28日発売) 関連番組 [ ]• 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 『』内のスペシャル放送ではを実施。 1991年以前は13:00 - 13:00 に同じで『』(後の『ライオンのいただきますII』、現・『』)が引き続き生放送されており、基本的に『いいとも! 』とセットで観覧することとなっていた。 当時、火曜日テレフォンアナウンサー。 2006. 4 - 2009. 3までは木曜日テレフォンアナウンサー。 2006. 10 - 2011. 3まで、直前番組の『』を担当(その後は夕方の『』を担当し、現在は『FNNスピーク』のキャスターを再び担当)。 など一部地域を除いて『ワンピース』(毎週 9:30 - 10:00)からレスで『増刊号』を放送しており、その関係で番組冒頭に同アニメのキャラクターであるルフィ(声:田中)が登場していた。 また番組オリジナルとして、タモリの「増刊号」が登場した。 2003年10月 - 2008年9月まで水曜日テレフォンアナウンサーを担当した。 『増刊号』の次のバラエティ番組「」の放送時間が、11:25 - 11:55 枠の移行に伴い放送時間を変更。 バラエティ番組「クイズDEデート」の放送時間が9:30 - 10:00 に繰り上がる関係での放送時間変更。 当時、11:55から放送されていた「」(日曜日版・ただし系列局によっては番組タイトル名を差し替え)の放送時間が5分拡大し、11:50開始に伴い5分縮小され、現在に至った。 総合司会を務めるタモリは(1989年)以来、23年ぶりの総合司会担当となるが、単独総合司会では今回が初めてとなる。 トリビアを知らない小さな子供達のために作成。 関東地区ほか。 一部地域では放送時間が異なる。 20日は山陰中央テレビ・テレビ新広島・岡山放送・高知さんさんテレビ・テレビ愛媛の5局のみ別番組(10:00 - 11:20 は関西テレビ制作の特別番組『天のゆりかご』の再放送。 11:20 - 11:50 は各局別の編成)を放送。 これは本来なら「増刊号」の時間帯に『まつえレディースハーフマラソン』の中継(山陰中央テレビ制作)を編成し、増刊号は正午からの時差放送で行なう予定だったため。 震災の影響では中止となったが編成上の都合によりそのまま報道特番に切り替えられなかったため。 全てクレジット表記なし。 『東京マラソン』がフジテレビ制作回の場合、クロスネット局として放送している『』は放送休止となる。 日本テレビ制作回の場合、クロスネット局として放送している『増刊号』は放送休止となっていたが、『』が行われたは14:00 - 15:45に時差放送された。 『東京マラソン』が日本テレビ制作回の場合、フジテレビ系列クロスネット局として放送している『増刊号』は放送休止。 フジテレビ系列単独であるが、『東京マラソン』については日本テレビ制作回も放送。 その場合『増刊号』は放送休止。 正午から市民ランナーのゴールの模様を生中継したため、『増刊号』12:30からの放送となった。 テレビ新広島のみ2006年大会のみ中継自体を正午からの時差ネットとし、増刊号は同時ネットだった。 中野アナは出身だったことから参加していると思われている。 ちなみに2011年までフジテレビでも大会当日の深夜に録画放送されていた。 情報番組『めざましどようび』内で放送の同名企画の再編集版。 放送していなかった残り1週分については、前日の1997年4月5日に放送。 但し、『tys土曜スペシャル』の内容次第では(特にTBS系列の特別番組、スポーツ中継時)休止となることが多かった。 上り線当SAにフジテレビショップが設置されているのは、施設運営がのであるによって行われているためである。 一方の下り線海老名SAは、が施設運営に一切関与していないため、フジテレビショップは設置されていない。 出典 [ ]• 1984年3月まで本番組での名前テロップは他の出演番組同様「 タモリ」であった。 プレスリリース , フジテレビジョン, 2012年5月24日 ,• スポーツニッポン. 2012年5月24日. 2012年5月25日閲覧。 スポーツニッポン 2014年1月14日閲覧• 『縮刷版「平成9年4月号」』()、150頁(福島民報朝刊、20面)より。 北國新聞 1984年12月22日付朝刊、1985年1月13日付朝刊、富山新聞 1985年3月30日付、1985年4月7日付、いずれもテレビ欄より。 関連項目 [ ]• () 外部リンク [ ] 画像外部リンク• 10:00 - 11:50枠 前番組 番組名 次番組.

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