禍福 は 糾 える 縄 の 如 し 意味。 【禍福は糾える縄の如し】の意味と使い方の例文(語源由来・類義語・英語訳)

禍福(かふく)は糾(あざな)える縄の如し

禍福 は 糾 える 縄 の 如 し 意味

どんな意味か? 禍福は糾える縄の如し (かふくはあざなえるなわのごとし)とは、 良いことと悪いことは複雑にからみあっていて、 交互に起こるものだ、という意味です。 出世して、新しい仕事を 任されるようになって喜んでいたけど さっぱり上手く行かなくて残業つづき、 うんざりしていたけど、 ふだんあまり話さなかった同僚と 一緒に残業しているうちに仲良くなって、 それからは仕事がやりやすくなった、 みたいな感じで 良いこと、悪いことが順に起こることですね。 縄はふたつの紐(ひも)を より合わせて出来ています。 「禍福」は「災いと幸福」という意味で、 「糾える(あざなえる)」は より合わせるということです。 なので禍福はあざえる縄の如し、とは 良いこと、悪いことを 縄の絡み合うふたつの紐に見立てて からみあって起こるものだ、ということになります。 目先のことで一喜一憂しない この「禍福は糾える縄の如し」は 何が災いや幸いの原因になるか分からないから 目先のことでむやみに喜びすぎたり 悲しみすぎたりしないべきだ、という意味もあります。 宝くじに当たったために かえって人生が狂うということもありますし、 それは極端な例としても たとえば受験に失敗して 第二志望の学校にしか行けなかったけど、 そこでとても素晴らしい結婚相手が見つかった、 なんてことがあると、 なにが良くてなにが悪かったのか よく分かんなくなります。 もちろんいいことがあったら喜びますし よくないことがあれば悲しむのは 変人でもないかぎり当然のことですが、 いつまでも浮かれていたり くよくよするのは良くないので そういった時に 禍福は糾える縄の如し、 の意味を思い出すといいですね。 このことわざが、 ドラえもんのどんな話で出てきたかは、 続きでのべていきます。 スポンサーリンク ドラえもんにこんな話が コミックス44巻に 「サイオー馬」という回があります。 この中で、悪いことばかり続いて 悲しんでいるのび太君にドラえもんが 「良いことと悪いことは この縄のようにからみあっているんだよ」 と言うシーンがあります。 ことわざ自体は直接でてきませんが、 これはまさしく 「禍福はあざなえる縄の如し」 ということですね。 「サイオー馬」というのは ドラえもんのひみつ道具で、 良いことの後に悪いこと、 悪いことの後に良いことを起こさせる 馬の形をした道具です。 なんでこんな不思議な名前だったのか 子供のころは謎でしたが、 これは「塞翁が馬(さいおうがうま)」 ということわざから来ているのでしょう。 このことわざの意味は、 禍福は糾える縄の如しと同じで、 馬にまつわる話が由来の、なかなかおもしろいものです。 くわしくはこちらをご覧ください。 ちなみにドラえもんのサイオー馬の回は ドタバタのギャク調の話で、 教訓があるか? といわれると ちょっと「??」ですが、 「禍福は糾える縄の如し」とか 「塞翁が馬」なんてことわざを思い出すのは たいていしんどい時期だったりするので こういったときに一緒に ほのぼのとドラえもんを思い出すのもいいかもしれませんね。

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「禍福は糾える縄の如し」の意味は?例文・類語を解説 | 言葉手帳

禍福 は 糾 える 縄 の 如 し 意味

「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄の如し」という言葉があります。 縄は二本の紐を交互により合わせて作りますが、災いと幸福も糾(あざな)える縄のように交互にやってくるという意味です。 人生には何事にも二面性があります。 光があれば闇があります。 安らぎがあれば苦労があります。 もしも晴天の日ばかりだったら、晴天の有難さはわからないでしょう。 時には嫌な思いをさせられる体験を通して、あることを学ばされるます。 晩年に人生を振り返った時に、いちばん大切な教訓を学んだのは生活が楽だった時ではなく、嵐が吹きまくり雷鳴がとどろき稲妻が走り太陽が雲にさえぎられて、すべてが暗く絶望的に思えた時だったことに思いが至ります。 人が本当に目覚め、この世に生まれてきた意味や使命を自覚するのは逆境の中にある時なのです。 のんきな生活の中では目覚めることができません。 だから、苦しい道こそ有難いのです。

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【禍福は糾える縄の如し】の意味と使い方の例文(語源由来・類義語・英語訳)

禍福 は 糾 える 縄 の 如 し 意味

禍福 かふく は糾 あざな える縄の如 ごと し. 幸福と不幸は、より合わせた縄のように 交互にやってくるということ。 吉凶は糾える縄の如し。 常に、このことを念頭において、 平常心を保ち、一喜一憂しない、ことが人生では肝要! なんですが、 そこは、そうはいっても、生身の人間、 精神はそんなに強くないものですね。 さて、出典ですが、2種類あるようで、 まずは、「漢書 賈誼伝」の以下の文 (白文)夫禍之與福、何異糾纆 (訓読)それ禍(わざわい)と福、何ぞ糾える纆(なわ、すみなわ)に異ならん。 さらに「史記 南越伝」に以下の文がある。 (白文)因禍為福、成敗之転、譬若糾纆 (訓読)禍によりて福となす、成敗の転ずること、譬れば糾える纆のごとし。 そして、英語で表現すると、 Sadness and gladness succeed each other. (悲しみと喜びは交互にやってくる) 参考になるサイトは、 教訓 58. 不幸の後には幸福が来る。 a Everything will turn out for the best. 《何ごとも最善に向かうものである》 b The worse luck now, the better another time. 《今は運が悪くても、いつかはよくなる》 「禍も三年経てば福となる」 「災いも三年たてば役に立つ」 c Tomorrow is another day. 《明日という日がある》 「明日は明日の風が吹く」 人生、くよくよしていても始まりません。 前を向いて! はい!.

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