徳 勝龍。 2020年 初場所 : 勝敗 : 大相撲 : スポーツ : ニュース : 読売新聞オンライン

徳勝龍 (木瀬部屋)の相撲経歴紹介! 妻・千恵さんのために涙の初優勝!!|相撲道

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とかく舞台裏でさまざまな「ツッコミ」が入る平幕優勝。 今回も例に漏れないが、大関を堂々寄り切り、自力で決めた1勝が救いだった。 前日、正代に勝った後は口をぐっと結び、奈良・東大寺の金剛力士像のような顔をしてみせた徳勝龍。 この日は貴景勝を寄り切り、吠えるようにうなずいた後は、勝ち名乗りを受ける前から涙があふれ出た。 千秋楽の支度部屋。 優勝力士は、西の支度部屋から土俵へ出て取った場合も、東へ戻る。 そして、普段は横綱しか座れない一番奥へ座ってまげを直しながら、取材を受ける。 待ち受ける報道陣をかき分けながら「カオじゃない、カオじゃない」と徳勝龍。 角界の隠語で、「場違い」「3年早い」などのニュアンスがある。 表彰式のテレビインタビューで「自分みたいな者が優勝していいんでしょうか」と話したのと同じ意味だが、腰を下ろすとまた涙があふれた。 「監督が一緒に心の中で戦ってくれた。 15日間苦しかった。 ほんとに信じられない」。 母校・近畿大相撲部の伊東勝人監督が55歳で急死したのは今場所中の18日未明だった。 「監督が近大へ誘ってくれなかったら今の自分はありません」と徳勝龍。 幕尻優勝は2000年春場所以来だが、あの時の貴闘力は東だから、徳勝龍は正真正銘の幕尻。 さらに千秋楽結びで、休場中の両横綱を除いて最も番付が上の大関との対戦が組まれたのも異例中の異例だった。 正代は御嶽海に勝って2敗を守っている。 貴景勝と徳勝龍は同じ押し相撲。 戦い方が似ていれば、番狂わせが起きにくいのはスポーツの道理。 優勝決定戦を予想する観客や関係者が大多数だったろう。 だが、立ち合いに押せなかった貴景勝は、相手の圧力を受けながら思わず左をのぞかせる。 左四つ。 徳勝龍が右上手を引いた。 胸が合うのを嫌った貴景勝が、何とか右からの突き落としなどで体勢挽回を図るが、徳勝龍は巨体を寄せて無心に出る。 最後は大きな腹を預けるように寄り切った。 胸を張れる会心の一番だった。 10日目から前日まで5日間続けて、決まり手は突き落とし。 テレビインタビューで「(実は優勝を)めっちゃ意識してました。 バリバリ、優勝インタビューの練習もしてました」と笑わせたように、緊張もあっただろう。 連日「不細工な相撲しか取れないんで」と繰り返し、決して胸を張れない取り口で白星を重ねてきた。 平幕優勝は本来ハプニングのようなものだけに、関係者や好角家にはさまざまな見方がある。 今場所も、いわく「周りがだらしない」「突き落としを食う方が悪い」「実力者が一時的に下がって幕尻にいた貴闘力とは違う」「徳勝龍は幕内と十両を行ったり来たりの力士なのに」-。 男泣きしながら花道を下がる徳勝龍=26日、東京・両国国技館 昨年夏場所の朝乃山も言われたように、取組編成への異議も多く聞かれた。 いわく「もっと早く三役と当てておくべき」「正代は(横綱を除く)役力士全員と当たっている」-。 そんな声に反発するような一番。 押し相撲だが、右上手を引いて寄ることもできる。 亡き北の湖親方(元横綱)が、押し相撲の徳勝龍に左四つの資質を見いだして指導したのが、四つ身を覚えるきっかけだった。 徳勝龍が近大から09年に入門したのは木瀬部屋だが、翌年、木瀬親方(元幕内肥後ノ海)が暴力団関係者の観戦に関与したとして処分され、部屋も閉鎖された。 親方から力士、裏方まで同じ出羽海一門の北の湖部屋に預けられたのだった。 徳勝龍の母・えみ子さん(56)は気をもんだ。 相撲を続けられるのか、肩身が狭くないか。 徳勝龍は答えたという。 「心配せんで。 一番大変なのは(木瀬)親方や。 俺らは土俵があって寝る所があれば相撲は取れるから」 その間に新十両昇進を果たし、処分が解けて木瀬部屋に戻った後、幕内昇進も果たした。 とはいえ、平凡な成績が続き、最近2年は幕内1場所だけで、ほぼ十両生活。 重い腰を持ちながら引き技や変化が多く、左四つも型といえるほどではない。 先場所は西十両筆頭で8勝。 番付運が良くなければ、東十両筆頭で止まる例が多い成績だった。 この朝になって急きょ、奈良市の自宅を出て国技館に駆け付けた母が「優勝なんてないない、あるわけないと思ってましたから」と言うのも本心だろう。 そんな中でも、体調管理に人一倍気を使い、けが人だらけの相撲界にあって、入門から11年間でまだ休場が一度もない。 環境整備やデータの活用など新しいものを積極的に取り入れる師匠の取り組みの成果でもある。 こつこつ積み重ねた努力が、凝縮されて表れたような結びの一番だった。 しかし一方で、今場所も聞かれた平幕優勝へのさまざまな「ツッコミ」は、徳勝龍その人より今の相撲界がもたらす危機感と見れば、的を射ている。 優勝できそうもなければさっさと休む横綱。 その後に展開される、攻防の少ない取組による星のつぶし合い。 混戦という名の番付崩壊現象。 未知の現象に戸惑い、揺れる取組編成。 徳勝龍の優勝に万雷の拍手を送る観客の姿にも、相撲人気で増えたにわかファンの軽さと片付けられないメッセージが見て取れる。 人々が見たいのは、衰えた強者が乱暴な相撲でもぎ取る優勝か、たとえ技量は物足りなくとも地道にやってきた力士が報われる姿か。 最も見てもらうべきは、厳しい稽古で優れた技量を身につけた力士たちの、真摯(しんし)で華のある攻防のはずなのだが…。 (時事ドットコム編集部).

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217. 2020年大相撲秋場所番付予想

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徳勝龍誠は1986年生まれで、 奈良県奈良市出身の 木瀬部屋所属の幕内力士です。 取り口は基本的に、172kgの 体格を生かした突き押しがメインで、 最近は左四つからの寄りも見せています。 最高位は前頭4枚目で、まだ3役経験もなく、 幕内も上位定着とはいえないだけに、 まだまだ全国的な人気・知名度はありません。 にも関わらず彼は、一部の大相撲愛好家や ネットユーザーにはよく知られています。 いわば、徳勝龍愛好家と、 一般の人との間で知名度やファンの熱意が かなり異なる力士として異色の存在です。 それには理由がいくつかあります。 もっとも、それは本人にとっては あまりありがたくない理由も含まれますが… Contents• 徳勝龍の所属部屋について 徳勝龍は出羽海一門である 木瀬部屋に所属しています。 師匠は木瀬親方(元前頭・肥後ノ海)。 大学4年生のときに木瀬部屋に入門し 2009年1月場所で初土俵を踏んだ徳勝龍は 基本的にこの部屋に所属しています。 「 基本的に」というのは、一時、 木瀬部屋は閉鎖され、所属力士が 北の湖部屋へ移籍するという 珍しい事態が起こったからです。 つまり、徳勝龍は一時的に 北の湖部屋にも所属していました。 というのも、2009年7月場所で、 反社会的勢力の人たちが、 一般の人は入手できない維持員席で 観戦していた問題が発覚した事があります。 日本相撲協会は彼らの整理券の確保に 関与したとされた木瀬親方に対して、 役職を降格する処分と、木瀬部屋の所属力士を 出羽海一門預かりとする処分を 決定するという事態が起こります。 これにより 木瀬部屋は閉鎖。 同年5月29日に木瀬親方と 部屋所属力士27人は、 同じ出羽海一門に所属する 北の湖部屋へ移籍することとなりました。 ですが、2012年3月場所中に行われた 日本相撲協会理事会において、 木瀬部屋の閉鎖処分が解除され、 木瀬部屋は再開し、今日に至っています。 スポンサードリンク 徳勝龍のコラ画像について そんな徳勝龍ですが、 独特の愛嬌のある外見や仕草などから 一部のネットユーザーから愛されていて、 ちょっとした悪ふざけの対象にもなっています。 2014年5月には突如ツイッター上で いわゆる「 徳勝龍祭り」が開催。 ツイッターの相撲関連アカウントの話題は 徳勝龍一色に染まるということがありました。 さらに、2015年1月には 徳勝龍クソコラグランプリが開催。 徳勝龍が1月場所の ある取り組みで見せたポーズが 非常に特徴的だったことから、 この画像を素材としたコラージュ画像 (コラ画像)が大量にネット上へ 出回るということがありました。 スポンサードリンク 徳勝龍が「壊し屋」と呼ばれる理由について さて、徳勝龍は相撲愛好家の間では 「 壊し屋」という、イメージの良くない あだ名でも知られています。 というのも、 彼との取り組みでケガをして、 休場を余儀なくされてしまった力士が 過去に何人もいるからです。 ざっと名前を挙げると・・・ ・里山 ・栃ノ心 ・遠藤 ・琴勇輝 ・照ノ富士 ・土佐豊 ・安美錦 などがいます。 人気力士遠藤を初休場させてしまう。 土佐豊には怪我で幕下まで落ちながら 苦労して再入幕した初日にケガをさせてしまう。 3役経験者でもある栃ノ心を 幕下まで陥落させるほど 休場させるケガをさせる。 相撲にケガはつきものですが、 いくらなんでも多すぎる、というのが 大方の相撲愛好家の見方です。 その要因として、 徳勝龍が勝負がつきそうなきわどい部分で、 相手をケガさせないための 配慮や技術が不足しているのではないか、 という指摘もあります。 一般の力士は この配慮と技術を持っているからこそ、 ここまでの頻度で、ケガを相手に 負わせることはないとも言えます。 この記事のまとめ 徳勝龍の所属部屋は、出羽海一門の 木瀬部屋ですが、かつては同じ一門の 北の湖部屋に所属していた事もあります。 そんな徳勝龍ですが、ネットでは コラ画像が出回っている一方で、 多くの力士を休場させてしまう事から 「壊し屋」というあだ名で 呼ばれてしまう事もあるようです。 今後は相手を思いやる相撲と地力の向上で、 3役以上への昇進を果たす事によって ネットで話題になるだけでなく、 まぎれもない実力派の力士として 有名になって貰いたいですね。 関連記事(一部広告含む).

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徳勝龍の所属部屋やコラ画像について。壊し屋と呼ばれる理由は?

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とかく舞台裏でさまざまな「ツッコミ」が入る平幕優勝。 今回も例に漏れないが、大関を堂々寄り切り、自力で決めた1勝が救いだった。 前日、正代に勝った後は口をぐっと結び、奈良・東大寺の金剛力士像のような顔をしてみせた徳勝龍。 この日は貴景勝を寄り切り、吠えるようにうなずいた後は、勝ち名乗りを受ける前から涙があふれ出た。 千秋楽の支度部屋。 優勝力士は、西の支度部屋から土俵へ出て取った場合も、東へ戻る。 そして、普段は横綱しか座れない一番奥へ座ってまげを直しながら、取材を受ける。 待ち受ける報道陣をかき分けながら「カオじゃない、カオじゃない」と徳勝龍。 角界の隠語で、「場違い」「3年早い」などのニュアンスがある。 表彰式のテレビインタビューで「自分みたいな者が優勝していいんでしょうか」と話したのと同じ意味だが、腰を下ろすとまた涙があふれた。 「監督が一緒に心の中で戦ってくれた。 15日間苦しかった。 ほんとに信じられない」。 母校・近畿大相撲部の伊東勝人監督が55歳で急死したのは今場所中の18日未明だった。 「監督が近大へ誘ってくれなかったら今の自分はありません」と徳勝龍。 幕尻優勝は2000年春場所以来だが、あの時の貴闘力は東だから、徳勝龍は正真正銘の幕尻。 さらに千秋楽結びで、休場中の両横綱を除いて最も番付が上の大関との対戦が組まれたのも異例中の異例だった。 正代は御嶽海に勝って2敗を守っている。 貴景勝と徳勝龍は同じ押し相撲。 戦い方が似ていれば、番狂わせが起きにくいのはスポーツの道理。 優勝決定戦を予想する観客や関係者が大多数だったろう。 だが、立ち合いに押せなかった貴景勝は、相手の圧力を受けながら思わず左をのぞかせる。 左四つ。 徳勝龍が右上手を引いた。 胸が合うのを嫌った貴景勝が、何とか右からの突き落としなどで体勢挽回を図るが、徳勝龍は巨体を寄せて無心に出る。 最後は大きな腹を預けるように寄り切った。 胸を張れる会心の一番だった。 10日目から前日まで5日間続けて、決まり手は突き落とし。 テレビインタビューで「(実は優勝を)めっちゃ意識してました。 バリバリ、優勝インタビューの練習もしてました」と笑わせたように、緊張もあっただろう。 連日「不細工な相撲しか取れないんで」と繰り返し、決して胸を張れない取り口で白星を重ねてきた。 平幕優勝は本来ハプニングのようなものだけに、関係者や好角家にはさまざまな見方がある。 今場所も、いわく「周りがだらしない」「突き落としを食う方が悪い」「実力者が一時的に下がって幕尻にいた貴闘力とは違う」「徳勝龍は幕内と十両を行ったり来たりの力士なのに」-。 男泣きしながら花道を下がる徳勝龍=26日、東京・両国国技館 昨年夏場所の朝乃山も言われたように、取組編成への異議も多く聞かれた。 いわく「もっと早く三役と当てておくべき」「正代は(横綱を除く)役力士全員と当たっている」-。 そんな声に反発するような一番。 押し相撲だが、右上手を引いて寄ることもできる。 亡き北の湖親方(元横綱)が、押し相撲の徳勝龍に左四つの資質を見いだして指導したのが、四つ身を覚えるきっかけだった。 徳勝龍が近大から09年に入門したのは木瀬部屋だが、翌年、木瀬親方(元幕内肥後ノ海)が暴力団関係者の観戦に関与したとして処分され、部屋も閉鎖された。 親方から力士、裏方まで同じ出羽海一門の北の湖部屋に預けられたのだった。 徳勝龍の母・えみ子さん(56)は気をもんだ。 相撲を続けられるのか、肩身が狭くないか。 徳勝龍は答えたという。 「心配せんで。 一番大変なのは(木瀬)親方や。 俺らは土俵があって寝る所があれば相撲は取れるから」 その間に新十両昇進を果たし、処分が解けて木瀬部屋に戻った後、幕内昇進も果たした。 とはいえ、平凡な成績が続き、最近2年は幕内1場所だけで、ほぼ十両生活。 重い腰を持ちながら引き技や変化が多く、左四つも型といえるほどではない。 先場所は西十両筆頭で8勝。 番付運が良くなければ、東十両筆頭で止まる例が多い成績だった。 この朝になって急きょ、奈良市の自宅を出て国技館に駆け付けた母が「優勝なんてないない、あるわけないと思ってましたから」と言うのも本心だろう。 そんな中でも、体調管理に人一倍気を使い、けが人だらけの相撲界にあって、入門から11年間でまだ休場が一度もない。 環境整備やデータの活用など新しいものを積極的に取り入れる師匠の取り組みの成果でもある。 こつこつ積み重ねた努力が、凝縮されて表れたような結びの一番だった。 しかし一方で、今場所も聞かれた平幕優勝へのさまざまな「ツッコミ」は、徳勝龍その人より今の相撲界がもたらす危機感と見れば、的を射ている。 優勝できそうもなければさっさと休む横綱。 その後に展開される、攻防の少ない取組による星のつぶし合い。 混戦という名の番付崩壊現象。 未知の現象に戸惑い、揺れる取組編成。 徳勝龍の優勝に万雷の拍手を送る観客の姿にも、相撲人気で増えたにわかファンの軽さと片付けられないメッセージが見て取れる。 人々が見たいのは、衰えた強者が乱暴な相撲でもぎ取る優勝か、たとえ技量は物足りなくとも地道にやってきた力士が報われる姿か。 最も見てもらうべきは、厳しい稽古で優れた技量を身につけた力士たちの、真摯(しんし)で華のある攻防のはずなのだが…。 (時事ドットコム編集部).

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