ライ麦 畑 で つかまえ て。 465夜『ライ麦畑でつかまえて』J.D.サリンジャー

ホールデンはサイコパスで中二病か?小説『ライ麦畑でつかまえて』のあらすじや考察、解説

ライ麦 畑 で つかまえ て

サリンジャーのライ麦畑でつかまえてのあらすじです。 このあらすじは、白水Uブックス、野崎孝訳を読んでのものです。 簡単にいうと アメリカ東海岸の高校を退学させられた16歳の青年が、 まだ、そのことを両親に知られるまでの間の数日間(正確には土曜日から月曜日まで) をニューヨークの街をさまよいつつ自分の居場所を探しながら 彼の身の回りに起きたことを自分の心情を交えて独特の口調で語っていくという話。 ライ麦畑でつかまえて あらすじ 子供や無欲な人以外は、誰ともうまくやることが出来ず、 何をやっても逃げ出してしまう主人公、ホールデンコールフィールド。 彼の眼には社会や世間が何でも欺瞞と偽善に見えて 受け入れることが出来ない。 4校目の退学が決まり、クリスマス休暇を前にしたある土曜日、 お世話になった先生のもとへお別れの挨拶に行くが、 途中で話を聞いているのが嫌になり 荷物の整理があるからと嘘をついて出てきてしまう。 学校の寮へ戻ると、 隣部屋のアクリーには読書の邪魔をされ 同室のストラドレーターとは些細なことで取っ組み合いの喧嘩になり、 血まみれになってしまったホールデンは、孤独の果てに 水曜日まのクリスマス休暇を待たずして学校に別れを告げて出ていく。 寮の廊下で、 「ガッポリ眠れ!低能野郎ども!」 と叫んで・・ その日(土曜日)の夜は、ニューヨークの安ホテルに 部屋を取ったが、 そのホテルは奇怪な人物ばかりが多く宿泊していることで また気が滅入ってしまったホールデン。 以前パーティーの時に 知り合った男に電話番号を教えてもらったニューヨーク在住の見知らぬ女性に 電話をして誘い出そうとするが断られてしまう。 今度は、ホテルのラウンジへ行って、女性をダンスに誘ったり、 タクシーで昔よく兄のD・Bと行っていた グリニッジビレッジのナイトクラブへピアノの演奏を聴きに行って、 兄の昔のガールフレンドにあったりするが、 中々折り合うことが出来ず、ホテルへ戻ってくる。 ホテルへ戻ると、 エレベーターボーイに売春婦を買わないかと持ち掛けられ 承諾する。 だが、実際にホールデンの部屋に女が現れると、 性欲が全く湧かずに、女は帰ってしまう。 しばらくして、エレベーターボーイと女がホールデンの部屋に戻ってきて ショートは10ドルの約束なので、 あと5ドル足りないからよこせとホールデンに攻めよる。 ホールデンは泣きながら抵抗したが、 なす術もなく、お金を取られてしまう。 金をとられたエレベーターボーイに向かって 「きたならしい低能野郎さ。 間抜けで低能なかたり野郎だ。 あと二年もしてみろ。 骨と皮とばかしになって、 通りすがりの人からコーヒー代をめぐんでもらうおうになってるから。 きたねえどろどろのオーバーを洟(はな)だらけにして、おまけに・・・」 といったところで、みぞおちにパンチをくらって床に転がったまま 相手は出て行ってしまう。 日曜日の午後には、 幼なじみで美人ののサリーとブロードウェイの演劇を 観に行く約束をするが、 ホールデンは、ショーの途中に割り込んできた大学生の男や、 ショーの内容にケチをつけたのでふたりの雰囲気が悪くなり始めた。 その後、ふたりはラジオシティにアイススケートをしに行くが、 ふたりともスケートが下手だったので、 早々に切り上げ、バーに入って 飲み物を飲みながら、ここでも些細なことから言い合いになってしまうが、 ホールデンは、彼の考えに同調しないサリーに対して、 「さあ、ここを出ようや」 「正直いって僕は、君と会ってるとケツがむずむずするんだ」 激高したサリーに何度も謝るも受け入れてもらえない状況で、 今度はホールデンは、阿呆みたいにでっかい笑い声で、 笑ってしまった。 そのことにさらに怒ったサリーは、 ホールデンは家まで送るということを受け入れず、 ひとりで帰ってしまった。 「実を言うと、どうして彼女を相手にあんなことを言い出したのか、自分でもよくわかんないんだ。 ~ 僕はきっと気違いなんだと思うよ・・・」 以前の学校の3つ上の知り合いである「カール・ルース」に 電話をして、夜の10時に54丁目のバーで待ち合わせをして 現在付き合っている女のことなどを聞こうとするが 相手にされない。 「きまってるじゃないか。 おまえの頭はまだ未熟だもの」 カール・ルースは 以前にも勧められた、精神科医に精神分析してもらうことを 再度勧めて、カール・ルースは帰って行った。 「もう一杯だけ飲んで行けよ」 「お願いだ。 僕はひどく寂しいんだよ。 嘘じゃないんだ」・・・ ひとりバーに残されたホールデンは しこたま酔っぱらってしまい、ずっと気になっていたセントラルパークの南にある 潟(かた)の家鴨(あひる)が冬の間はどうなっているのかを見るために 夜中のセントラルパークを訪れるが、 潟は半分は凍っていて半分は凍っておらず、 家鴨の姿は一羽も見当たらなかった。 あまりに体が震えるので、 ホールデンは自分がこのまま肺炎になって死んでしまうのではと 思った。 そして死んでしまう前に自分のよき理解者である 妹のフィービーに会いに、 自宅へ戻る。 アパートメントに戻って、両親に見つからないように 忍び足でフィービーの部屋に戻って、 もうすでに寝ていたフィービーを起こして、 いろんな話をする。 フィービーはホールデンに会えてとても喜んだが、 本来なら水曜日に帰ってくるはずなのに、 何故今日帰ってきたのかとホールデンに質問し、 感の良いフィービーは、 ホールデンがまた学校をクビになったのではないかということを悟る。 「追い出されたんだわ!そうよ、きっと!」 「パパに殺されちゃうわよ!」 「ああ、兄さんたら、どうしてそんなことをしたのよ!」 ホールデンは、いかに自分が通っていた ペンシー高校がインチキ野郎の集まりだったかをフィービーに説明するが、 フィービーは、 「兄さんは世の中に起こることが何もかもいやなんでしょ」 「兄さんはどんな学校だっていやなんだ。 いやなものだらけなんだ。 そうなのよ」 フィービーに対して世の中で好きなものは何かを聞かれてひとつも答えることが出来ず、 苦し紛れの言い訳をしていたホールデンだったが、 一方でその時には別のことを考えており、 「僕が何になりたいか教えてやろうか」 「とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、 みんなでなんかのゲームをしてるところが目に見えるんだよ。 何千っていう子供たちがいるんだ。 そしてあたりには誰もいない—誰もって大人はだよ—-僕のほかにはね。 で、僕はあぶない崖のふちに立っているんだ。 僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ。 — つまり、子供たちは走っているときにどこを通っているかなんて見やしないだろう。 そんな時に僕は、どっからか、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。 一日中、それだけをやればいいんだな。 ライ麦畑のつかまえ役。 そういったものに僕はなりたいんだよ。 馬鹿げてることは知ってるよ。 でも、ほんとうになりたいものといったら、それしかないね。 馬鹿げてることは知ってるけどさ。 」 自宅のアパートメントを出ると、ホールデンは 自宅から電話をしておいた「アントリーニ先生」宅を訪問する。 ホールデンは アントリーニ夫妻に歓迎されたが、 ここでも、なぜ学校を退学になったのか、自分の将来のことについて のアドバイスを受ける。 とても疲れていたホールデンはしまいに途中であくびをしまったので その夜は寝ることになった。 ホールデンが夜中に目を覚ますと アントリーニ先生がホールデンのそばの床に座っており ホールデンの額を撫でていたのでホールデンはびっくりして飛び起きた。 そして逃げるようにして、アントリーニ先生宅を飛び出し グランドセントラル駅の待合室で朝の仮眠をとった。 朝の9時にもなると待合室には人が溢れてきたので これ以上そこで眠れなくなったホールデンは、マンハッタンを北へ 歩き出す。 歩いている途中で何度も消え入りそうになりながらホールデンは どっかに行ってしまおうと決心する。 二度と家には帰るまい。 二度と学校へも行くまい・・・と。 そして、幸いの妹であるフィービーにそのことを告げて お別れをするためにフィービーの学校へ行って、 人伝手に呼び出しの手紙を渡す。 待ち合わせ場所に来たフィービーは、 大きなスーツケースを持っており、自分もホールデンと一緒に 旅に出るといってきかない。 木馬に乗っているフィービーを幸せな気分で見ているところで 物語は終わる。 ホールデンは現在西海岸で次学校へ行くまでの間、 精神科医の分析を受けたりしながら療養中であり、 この話をしたことを後悔していると告白して、 この話に出てきたアクリーやストラドレーターがいないとなんだか物足りないと話して話が終わる。

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「ライ麦畑でつかまえて」は危険な小説だった!?「ライ麦畑の反逆児」本編映像入手 : 映画ニュース

ライ麦 畑 で つかまえ て

ライ麦畑でつかまえてにつかまえられた つい先日「ライ麦畑でつかまえて」をふと読み直したくなった。 実に30年ぶりに読み直した。 51歳になるおっさんには、この本がどんな風に映るのか? この本を初めて読んだのは、1986年の3月20日から26日にかけて。 読書ノートこう記録されていた。 オレは19歳。 大学合格後に、ちょうどアパート探しに上京していた時だった。 特急〜青函連絡船〜寝台特急を乗り継ぎ、知床から上野にたどり着くのに24時間もかかった。 その旅のお供として、ライ麦畑を一冊持っていったんだな。 最初に「ライ麦畑」を読もうと思ったきっかけは、恥ずかしながら、斉藤由貴さんだった。 インタビューで、大好きな本として取り上げていたんだな。 最初の正直な読後の感想は、ちっとも面白くなかった、だった。 ただだらだらとホールデンの彷徨が描かれているだけ。 若者の社会への、体制への反抗、だの何だのなんて面には、ちっとも共感出来なかった。 こんな小説の何処が良いのだろうと云うのが正直な感想だった。 ところが、、、、 その2年後に読み直して、この小説の面白さにとらわれた。 21歳のオレ、大学3年生。 最初はさっぱり面白いと思わなかったこの本だが、2年の月日がオレを変えてしまったんだろう。 この時は夢中になって読んだね。 そして主人公のホールデンにとっても共感したのだ。 誰も知り合いのいない東京に単身乗り込み、初めての一人暮らし。 全てを自分でしなければならない。 誰も当てに出来無い、悪戦苦闘の毎日。 オレの大学時代の前半はそんな感じだったかな。 月並みな言い方だけど、社会からの疎外感とか、孤独感、そんな気持ちを常に抱き続けていた。 この時ばかりはホールデンの気持ちと、自分の気持ちがぴったりと一致したね。 そんなわけで、あのつまらないと思っていた小説が、とても面白く感じた。 そうだ、そうだ、こんなインチキ野郎みんなぶっ飛ばしてしまえ! Destroy all! もう気分はJohn Lydon、パンクな気持ちで読んでいたものだ。 実は皆が社会不適合者 社会に馴染めるか? 馴染めないか?。 ホールデンはもちろん馴染めない側の人間だ。 インチキ野郎ばかりの社会で、多くの人はインチキを身にまとい、その事を苦にも思わない。 それがホールデンには苦痛でしょうがない。 だから氣が滅入ってくる。 どいつもこいつもインチキ野郎。 社会そのものがインチキで出来ているから、そこで順応するにはインチキ野郎にならなければならないのだ。 ホールデンはそれを拒絶する。 だから高校を放校され、社会からもつまはじきにされる。 本当はみんなそのインチキに氣がついているのに、氣がつかないふりをして日々を生きている。 そのいやらしさにホールデンはつばを吐く。 そんなものに馴染むくらいなら、自分はこんな社会のの中の異物でいよう。 生き辛くっ立って構わない、そんなインチキに染まるくらいなら、異物のままのほうがマシだ。 それって何かに似ていないか? そうPhilip K Dickの小説群に登場する主人公達と一緒だ。 SalingerそしてPhilip K Dickみたいな作家の書く小説が、単なる流行小説に終わらず、長い間読み継がれて行くのは、そんな違和感を感じている人たちが少数者じゃないって事なんだ。 多くの人はここまで極端では無くても、ホールデンの様に感じて、憤って、でもそれを隠してインチキ人間の様に振る舞って生きている。 現実は自分で作り出している ところが最後まで読み進むうちに、全く違う考えが浮かんできてしまった。 ホールデンが放校されて、家にたどり着くまでに出会ってきたインチキ野郎、行くあても無い彷徨。 これは他でも無い、自分が作り上げた地獄、自分地獄の放浪記なんじゃないかって。 何処に行っても心休まる所は無く、ホールデンはただ 無目的にニューヨークの街をさまよう。 何処に行ってもこのインチキだらけの、インチキ地獄。 そりゃあそうさ、そのインチキ地獄を作り出したのは、ホールデン本人なんだから。 だから何処に行ったって、インチキばかりだ。 何故なら、ホールデンその人こそ、そのインチキの張本人なんだから。 ホールデン本人が意識して自分を変えない限り、何時までたっても、何処に行ったって、そのクソったれな社会は常について回る。 何処にだってついて回る。 何故なら彼こそがインチキの張本人なんだから。 このインチキな社会はを変えられる唯一の方法は、自分のモノの見方を変えら事なんだ。 金持ちのボンボンの、甘ったれたクソガキが、自分を差し置いて、社会のインチキを糾弾するって。 おい、ちょっと待てよ、ホールデン、オレに言わせればお前こそがインチキ野郎だ。 お前が糾弾すべきは自分そのものなんだよ。 そんなクソガキだが、最後には精神病院で治療を受けてちょっとはまともに戻る。 今までインチキ野郎と糾弾していた相手が、愛おしく懐かしく思えてくる。 そこに自分が変わって、社会が変わって見える、その萌芽が見て取れる。 最後の最後で、J. Salingerがこの本に込められた本当のメッセージが出てくる。 自分の見ている社会は、自分が作り上げたものなんだよって。 社会に対する怒り、憤り、不平不満、それら全ての感情は自分が作り出したもの。 自分がインチキ野郎だから、全てがインチキ野郎に思えるのさ。 51歳のおっさんになったからこそ、この小説に込められた秘密の暗号に気がつく事が出来た。 それこそこの小説の本当の恐ろしい所。 若者の社会への反抗だのといった、安っぽいテーマが描かれているわけじゃないんだ。 社会は変えられないが、自分は変えられるんだ。 まあなんにしても、若かりし頃に読んだ、影響を受けた小説を読み直すって意外な感想が浮かんできて面白いよ。

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ライ麦畑でつかまえて(サリンジャー)の1分でわかるあらすじ&結末までのネタバレと感想

ライ麦 畑 で つかまえ て

自然栽培のライ麦。 もう、5年ほど栽培。 採り継いでいるこのライ麦のタネ。 栽培している、作物としては育っているとはいえ。 商品とするにはまだ課題がある。 その課題。 栽培面積や、機械の導入などは。 今シーズンも結局解決できてはいない。 タネを採り継いでいるとはいえ。 収穫方法、保存も技術的には危うい。 タネをまいて 今シーズンも無事にライ麦は成長。 穂を出して。 すでに自分の背丈160と数センチと同等か、抜く高さ。 ライ麦が風でそよぐ風景。 魅力はアンバランス感。 毎年感じるこの光景。 風でそよぐライ麦。 これを見るためだけでも。 ライ麦を栽培する価値はある。 細くて長い茎。 頭、上部には、重いはずの麦の穂。 倒れそうで倒れないアンバランス感が魅力なのかな。 見た目がかっこいい作物のナンバーワンがライ麦。 酸味の強いドイツパン。 酸味の強いハード系の本格的なドイツパンが食べたい。 いつか、うちのライ麦でパンを作る。 自分がパン屋さんをやるわけではなく。 どういう形であれ、ライ麦パンを作る、食べる、を目指して動く。

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