デカメロン ペスト。 フィレンツェのペスト

『デカメロン』、あるいは感染症によって引きこもった人々の物語(2020)|Saven Satow|note

デカメロン ペスト

「ペスト」は、ペスト菌が原因でおこる病気です。 現在の日本では感染症法で最も危険な一類感染症に分類され、感染者を隔離して治療することと定められています。 もともとはネズミに流行するものですが、感染したネズミの血を吸ったノミに刺された人に感染が広がります。 かつて感染者は皮膚が黒くなり死に至ったことから「黒死病」と呼ばれていました。 現在では抗菌剤の投与が有効で、適切に治療を行えば後遺症を残すことなく治癒しますが、抗菌剤がなかった昔は致死性が高く恐れられていました。 そもそもペスト菌が原因で流行するということも解らなかったわけですから、多くの人が「ペスト」で命を落としました。 14 世紀のヨーロッパでは流行を繰り返し、おおよそ 2500 万人が死亡したことから、全人口の半分近くを失ってしまったのです。 ヨーロッパ各地にはこのペスト大流行の記念碑があります。 写真はウィーンにある「ペストの柱」です。 ペスト流行の原因は解らなかったけれど、人は大勢の患者がいる場所から逃れようと考えるのは当然のことです。 「デカメロン」はボッカチオが 1348 年に著した物語集です。 この時のペスト大流行から逃れようと男女 10 人が邸宅にひきこもり、その退屈さをまぎらわすため、毎日 10 人が 10 話ずつのおもしろおかしい物語を語り合い、百話ができたという設定になっています。 題名の「デカメロン」はギリシア語の 10 日という意味の言葉に由来するそうで、「十日物語」などとも呼ばれています。 ボッカチオはペスト流行という当時の最新ニュースに引っかけて文芸作品「デカメロン」を作り上げましたが、その中で悲惨な流行のようすが今に伝えられているのです。 ところで、このペスト流行が医学の発展に与えた影響には大きいものがありました。 それはペストといった伝染病をどのように予防するか、という防疫法が確立されていったことです。 イタリアでは患者の発生を届け出させ、患者の隔離、使用した物品の焼却処分、さらに港の封鎖が始まりました。 入港した船の船員の上陸や荷物の陸揚げをすぐにさせず、 40 日間停泊して発病する人がいないことが確認されたのち初めて上陸が許可されました。 現在、空港などにある検疫所で行われている「検疫」は英語で quarantine といいますが、これはラテン語の 40 という意味の単語からできたもので、 14 世紀イタリアでの港の封鎖が語源となっています。

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デカメロン

デカメロン ペスト

Decameron, 1492 『 デカメロン』(Decameron)は、による物語集。 ダンテの『』に対して、『人曲』とも呼ばれる。 また、デカメロンはの「10日」 deka hemerai に由来し、『 十日物語』とも和訳される。 からにかけて製作された。 サブタイトルは「 ガレオット公爵」で、においての不倫の恋を仲立ちしたキャラクターの名前から取られている。 に大流行したから逃れるためフィレンツェ郊外に引きこもった男3人、女7人の10人が退屈しのぎの話をするという趣向で、10人が10話ずつ語り、全100話からなる。 内容はユーモアと艶笑に満ちた恋愛話や失敗談などで、それぞれ『』や『』から影響を受けている。 の『』やの『』(七日物語)などに影響を与えた。 は、『デカメロン』の文体が、イタリア散文芸術の始まりだとする。 また、以来初めて、現在の事件を描いた文体が教養のある階級を楽しませるようになったとも指摘した。 登場人物 [ ]• パンフィロ• フィロストラト• ディオネオ• パンピネア• フィアンメッタ• フィロメナ• エミリア• ラウレッタ• ネイフィレ• エリッサ 10日間の話のテーマ [ ] 日によって話のテーマが決められている。 話者はそれに沿った話を披露していく。 自由テーマ• 多くの苦難をへたのち成功や幸福を得た人の話• 長い間熱望したもの、あるいは失ったものを手に入れた話• 不幸な恋人たちの話• 不幸のあとに幸福に巡り合う恋人たちの話• とっさのうまい返答で危機を回避した人の話• 夫を騙した妻の話• 男が女を、女が男を騙す話• 自由テーマ• 気高く寛大な行為についての話 脚注 [ ]• 、コトバンク。 2014年5月11日閲覧。 エーリヒ・アウエルバッハ 『』(上) 篠田一士・川村二郎訳、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、1994年。 第9章 関連項目 [ ] イタリア語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。

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医療の歴史(6) ペスト大流行、デカメロンと検疫

デカメロン ペスト

「ペスト」は、ペスト菌が原因でおこる病気です。 現在の日本では感染症法で最も危険な一類感染症に分類され、感染者を隔離して治療することと定められています。 もともとはネズミに流行するものですが、感染したネズミの血を吸ったノミに刺された人に感染が広がります。 かつて感染者は皮膚が黒くなり死に至ったことから「黒死病」と呼ばれていました。 現在では抗菌剤の投与が有効で、適切に治療を行えば後遺症を残すことなく治癒しますが、抗菌剤がなかった昔は致死性が高く恐れられていました。 そもそもペスト菌が原因で流行するということも解らなかったわけですから、多くの人が「ペスト」で命を落としました。 14 世紀のヨーロッパでは流行を繰り返し、おおよそ 2500 万人が死亡したことから、全人口の半分近くを失ってしまったのです。 ヨーロッパ各地にはこのペスト大流行の記念碑があります。 写真はウィーンにある「ペストの柱」です。 ペスト流行の原因は解らなかったけれど、人は大勢の患者がいる場所から逃れようと考えるのは当然のことです。 「デカメロン」はボッカチオが 1348 年に著した物語集です。 この時のペスト大流行から逃れようと男女 10 人が邸宅にひきこもり、その退屈さをまぎらわすため、毎日 10 人が 10 話ずつのおもしろおかしい物語を語り合い、百話ができたという設定になっています。 題名の「デカメロン」はギリシア語の 10 日という意味の言葉に由来するそうで、「十日物語」などとも呼ばれています。 ボッカチオはペスト流行という当時の最新ニュースに引っかけて文芸作品「デカメロン」を作り上げましたが、その中で悲惨な流行のようすが今に伝えられているのです。 ところで、このペスト流行が医学の発展に与えた影響には大きいものがありました。 それはペストといった伝染病をどのように予防するか、という防疫法が確立されていったことです。 イタリアでは患者の発生を届け出させ、患者の隔離、使用した物品の焼却処分、さらに港の封鎖が始まりました。 入港した船の船員の上陸や荷物の陸揚げをすぐにさせず、 40 日間停泊して発病する人がいないことが確認されたのち初めて上陸が許可されました。 現在、空港などにある検疫所で行われている「検疫」は英語で quarantine といいますが、これはラテン語の 40 という意味の単語からできたもので、 14 世紀イタリアでの港の封鎖が語源となっています。

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