認知症日記付け方。 認知症予防にも!? ブログより日記の方が健康的効果があるってホント?(2018年7月18日)|ウーマンエキサイト(1/4)

日記を書いて若返り!認知症予防・生きがい対策もコレでOK

認知症日記付け方

認知症の方が住みなれたご自宅で生活を送るために、とても有用なサービスのひとつに、認知症対応型通所介護があります。 認知症の方を専門としたデイサービスで、一般に「認知症デイサービス」「認知症デイ」とも呼ばれます。 どのような点が有効なのか、どんなサービスが受けられるのか、利用条件などを解説します。 【目次】 認知症対応型通所介護とは? 認知症対応型通所介護とは、認知症の方を専門としたデイサービスです。 認知症の方に対して、 ご自宅から施設までの送迎を行い、施設で食事や入浴などの生活のお手伝いやレクリエーションを行います。 また、可能な限りご自宅で自立した生活を送ることができるよう、認知症の方に適した運動やレクリエーションを通して機能訓練、口腔機能の向上サービスを行い心身機能の維持・回復を目指します。 さらに、引きこもりがちな認知症の方に対し、職員や利用者どうし、地域との交流の機会を提供し、社会的孤立感の低減をはかります。 同時に、家族の介護負担軽減の役割も果たします。 事業所の形態としては、以下の3類型に分けられます。 単独型:認知症通所介護施設を単独で運営• 併設型:他の福祉施設に併設• 共用型:認知症対応型共同生活介護(グループホーム)などの施設の一部を使って実施 一般の通所介護(デイサービス)との違い 1. 定員が少人数で、人員配置の割合が高い(介護が手厚い) 認知症対応型通所介護は、利用者定員が12名以下となっています。 また、介護保険法に定める人員配置基準では、 介護職員1人あたりの利用者人数は少ないので、一般の通所介護よりも人員体制が手厚くなっています。 認知症の方は、大人数でのレクリエーションや共同作業、知らない人との交流を苦手とされる方が多く、一般通所介護では落ち着かず、かえって興奮や引きこもりを起こされることもあります。 そうした方でも、少人数で、介護が手厚い環境で、穏やかに過ごすことが可能な場所です。 認知症に関する専門的ケアを提供できる 認知症対応型通所介護の管理者は、都道府県で実施している認知症対応型サービス事業管理者研修を修了していることが義務付けられており、 高度に専門的な認知症ケアを提供することが期待されています。 利用者は、認知症の診断を受けた人や、自治体によってはそれに準ずる判断を受けた人が対象です。 認知症ケアにおいては、利用者ひとりひとりの認識や感情を重視し、個別的なケアを行うことが重要で、手厚い人員配置は専門的ケアの実施を可能にします。 地域密着型サービスである 認知症対応型通所介護は、地域密着型サービスのひとつです。 地域密着型サービスとは事業所のある市区町村が指定や指導監査を行い、 利用者は原則として当該市区町村住民に限られます。 また、事業所の地域への透明性を高め、地域と連携した運営やサービスを行うため、地域住民や団体に向け、半年に一度の割合で、運営推進会議を開催することが定められています。 社会や人とのつながりを失いやすく、 新しい環境になじむことへの負担が大きいとされる認知症の方にとって、なじみの地域、なじみの人々とつながりを保ち続けることは大切なことです。 認知症対応型通所介護は、このように地域密着型サービスとして地域に開かれることで、認知症の方が住みなれた地域から切り離されることなく、外出や散歩など日常生活の中でも、お祭りなど地域イベントでも、地域と自然につながるようなしくみになっています。 認知症対応型通所介護で提供されるサービスの特徴 認知症対応型通所介護のサービスの主要な流れは、一般通所介護と大きな違いはありません。 多くの場合、朝、事業所がご自宅にお迎えに行き、ご本人は施設で食事や入浴、リハビリテーション、レクリエーションなどを楽しんで、夕方ご自宅に帰ります。 (半日デイの場合はお昼に帰宅) ただし、一般通所介護と変わらないようにみえるサービスでも、認知症対応型通所介護で提供されるサービスは、以下の例のような、 より認知症介護にふさわしい配慮が施されています。 少人数定員と介護人員の配置の多さにより、このような配慮が可能となっています。 送迎職員を固定し、ご家族とより深い連携を 利用者定員が少ないということは、かかわるご家族も多くはありません。 しかも 送迎は、ご本人の体調や認知症介護への質問などを伺う貴重な機会です。 そのため、送迎時は顔なじみの職員がお伺いし、ご家族とじっくりより深い連携をとることができるようにしています。 ご本人の自信ややる気を引き出すリハビリテーションを 認知症型通所介護でも一般的な身体リハビリテーションを行いますが、家庭的な環境を活かして生活リハビリテーションに取り組む例も多くみられます。 生活リハビリテーションとは、生活全般の行為そのものをリハビリテーションととらえ、例えば配膳、調理、下膳など、 できることはご本人に行っていただき、機能回復や、ご本人の自信ややる気を引き出す取り組みです。 通所施設で生活リハビリテーションとして行っていた食器洗いを、ご本人がいつのまにかご自宅でも行うようになり、ご家族が「在りし日の姿を取り戻せた」と喜ばれた例もあります。 ご本人に合わせたレクリエーションを 少人数ゆえに、 レクリエーションでもひとりひとりに合わせたメニューや進め方が可能です。 施設で用意したレクリエーションが合わなければ、編み物などご本人の得意なことに取り組んでいただきます。 認知症により作業の工程がわかりづらくなれば、ご本人に合わせた言葉かけやお手伝いを行います。 ご本人のペースでお食事を 認知症により食事に時間がかかる、手をつけないなどの状況にも、丁寧に対応することができます。 食べることも認知症に対するリハビリテーションととらえ、ご本人に合った食事の環境を整え、支援を行う事業所もあります。 利用条件 利用条件としてはまず以下の3点が挙げられます。 お住まいの市区町村の事業所であること• 要介護もしくは要支援の認定を受けていること• 医師による認知症の診断を受けていること ただし、 市区町村によっては近隣自治体と連携し、他地区の利用を認めていることもあれば、認知症の診断以外でも他の手段を認めている場合もあり、それぞれの市区町村によって扱いは多少異なります。 以上の条件のほか、特別な食事形態の対応(ムース食など)や、医療的処置の対応が可能かどうかは各事業所によって異なり、対応できない場合は利用ができないこともあります。 詳しくは各事業所にお問い合わせください。 利用料金 認知症対応型通所介護の利用料金は、単独型、併設型、共用型の事業所形態や、利用時間、によって以下のように異なります。 また、以下を基本としながらも、事業所の所在地やサービス提供体制などにより利用料の実質負担額は多少異なります。 送迎費用は含まれる一方、食費、おむつ代やその他の日常生活費は別に必要になります。 食費は1食約500円前後が多いようです。 事業所とご本人の相性もあるので、一概にはいえませんが、以下のようにして確認してみましょう。 事業所の姿勢や雰囲気を現地に行って感じる 百聞は一見に如かず。 まずはご家族が現地へ見学に行ってみましょう。 最終的に利用につながらなくとも、見学を快く引き受けてくれることも多いです。 その際、下記のような点に気をつけてみてみるとよいでしょう。 全体的な雰囲気をみる 笑顔がみられる、ゆったりとした時間が流れている、など、 施設全体が認知症の方に受け入れやすい雰囲気かどうかを感じてみましょう。 ご本人が好みそうな雰囲気かどうかが大切です。 職員の専門性やケアへの姿勢をみる 大げさではないちょっとしたやりとりの中にも、 少人数だからこそできる認知症の方を尊重したケアがしっかり施されているかどうかをみてみましょう。 利用者の様子をみる 利用者の表情や落ち着き、利用者どうしのかかわりがあるかどうかなどをみて、利用者たちがここにいる時間をどのような気持ちで過ごしているかをみてみましょう。 ご本人が「楽しい」「居心地がいい」と感じそうなポイントを確認する 何といっても、 ご本人が「楽しい時間を過ごせる」と感じていただけることが大切です。 どのようなリハビリテーションやレクリエーションを行っているのか、入浴や食事はどのように行っているか、環境はどうかなど、ご本人が気に入りそうなポイントはあるか調べてみましょう。 事業所によってはご本人の体験利用を実施していることもあります。 ご本人に拒否がなければ、利用してみてもよいでしょう。 運営推進会議に参加する 運営推進会議は誰にでも開かれていて、さまざまな人や情報が集まります。 事業者側も住民の参加を歓迎していることが多いものです。 利用者ご家族も参加されていることが多く、参加すれば利用者家族の感想や表情を知ることができるかもしれません。 見学ではわからないことも知ることができます。

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コロナ時代の認知症介護|Dr.和の町医者日記

認知症日記付け方

歴史上の人物には、毎日の生活を詳細な日記に残している人がいます。 それらの日記には、2つの効果があります。 1つが、後世に伝えるための永久に残る記録。 もう1つが、書くことによる感情浄化作用です。 そんなのどっちも必要ないよというあなたにも、日記をつけることで得られるメリットは絶大なものがあります。 では、毎日の考えを記録しておくことに、どんな意味があるのでしょうか。 子どもたちのために自分の生き様を残しておきたい。 自分のクリエイティビティを存分に発揮したい。 書くことによって感情を吐きだしたい。 どんな理由であれ、日記を記すことには大きな意味があります。 この記事では、そのひとつひとつの意義について考えてみたいと思います。 書くことは精神的な健康をもたらす 書くことは、あなたの健康に素晴らしい影響を及ぼします。 クリエイティビティを保つこと以外にも、日々の生活のストレスを解き放つ働きをしてくれるのです。 このについて、クリエイティブライティングの視点から紹介したことがありました。 でも、何もフィクションを執筆する必要はありません。 効果があるのです。 また、定期的に書くことで、経験したことを安全な環境で追体験できるのもメリットのひとつです。 日記を書くことによる精神的・感情的な効果は、数々のデータによって実証されているので、カウンセラー、ソーシャルワーカー、セラピストらも、患者に日記を勧めています。 例えば、では、参加者が15分から20分の執筆を3から5回繰り返すだけで、トラウマやストレスなどの感情的な事象に折り合いをつけることができたと言います。 この方法は特に、であることが知られていて、定期的に日記を書くことによる効果を専門にしたが存在するほどなのです。 ここで重要なのは、何を書くかだけではありません。 どう書くかも重要になってきます。 では、参加者がストレスを感じた出来事を日記に記すことで、気持ちの折り合いをつけられることがわかりました。 ただし、感情だけを記すのではなく、そのときの考えと気持ちに注目することがコツなのだとか。 つまり、自分のストーリーを書き出すことで、気持ちだけを書くよりも高い効果が得られるというのです。 このことは、自分のストーリーを伝えることが、いかに健康に好影響を及ぼすかを示す良い例と言えるでしょう。 クリエイティビティを発揮できる 日記をつけることによるクリエイティブなメリットについても、多く語られています。 うまい文章を書きたければ、とにかく書き続けることがベストということは、どこかで聞いたことがあるでしょう。 それは事実ですが、書き続けることによる効果は、それだけにとどまりません。 例えば、ようになります。 さらに、重要な情報を記憶したり、新しいアイデアのブレインストーミングにも役立ちます。 言い換えると、経験を書き綴ることで、経験そのものを処理できるのはもちろん、最初は気がつかなかったチャンスを見出すこともできるのです。 また、複雑な経験を、小さい単位にブレークダウンしてわかりやすく整理できるようになります。 特別なことが起きたわけではないときにも、日記を書くことで、自分の中でのブレインストーミングが促されます。 一見ありふれたことでも、それについて書き始めたら、さまざまな思い、アイデア、記憶が次々とあふれてきたという経験、ありませんか? 書くことを続けていれば、デスクに向かうたびに、そんなチャンスが訪れるのです。 実用的なメリットも 書き続けることは、実用的でもあります。 過去の過ち、栄光、素敵な思い出などをリマインドしてくれるのです。 例えば、。 記録が残っていると、落ち込んだ時に便利なのはもちろん、路頭に迷った時に道しるべを示してくれます。 ワークダイアリーを取り出して、それまでに自分がうまくやってきたことを見直すだけで、仕事に関して自分が従うべきパターンが見いだせるかもしれません。 それに、それらの達成や素晴らしい瞬間は、自尊心を高めるだけでなく、にもなります。 うまくできたことと、これから取り組むべきことを振り返るのが効果的なのは、なにもクリエイティブな仕事をしている人だけではありません。 人から指摘される前に自分のミスを知ることは素晴らしく、また達成したことを文書化することで、成果を見過ごしてしまうことがなくなります。 書き続けることは、仕事以外にも役立ちます。 日記を書くことで自分の行動を知ることができるので、習慣の構築にもつながるのです。 自分が何を食べているかを知りたければ、、健康的な食生活ができるようになります。 同様に、自分に起こった、ことで、生活の中の良好なパターンを見つけ、それを繰り返すことができるようになります。 同時に、気分が悪くなることや困惑するようなことを避けられるようになるのは言うまでもありません。 どのメディアを選ぶべきか 日記をつけると決めたなら、次に決めるべきは、どのメディアを使うかです。 選択肢はたくさんありますが、誰にでも共通するような"正解"はありません。 ぜひ、あなたにとって最適な方法を見つけてください。 紙のノート 物理的に考えを書き出す感覚が好きなら、紙のノートがベストな選択肢といえるでしょう。 紙にペンで書く感触は、ほかでは再現することができない独特なもの。 手始めに、はいかがでしょうか。 紙の日記をつけることで、書くことを物理的にコントロールできます。 それに、「ハック」されたりサービス終了で「消えてしまう」ことがほとんんどないため、プライバシー面でも安心できます。 一方、紙の日記はバックアップがないのも事実。 盗難、火事、置き忘れなどによって、永遠になくなってしまうこともありえます。 無地のノートでは物足りなかったら、を使ってToDoやメモを管理してみては。 「」も、ページを取り外せるユニークなノートとしてオススメです。 忙しすぎて日記なんて書けないというあなたは、「」はいかがでしょう。 ページの最上部にやる気を引き出す名言が記されていて、以下、「今日、感謝しているのは~」「素晴らしい1日を送れた理由は~」「今日あった素晴らしいこと3つ」などの書き出しに合わせて空欄を埋めていくというものです。 日記アプリ ケータイやラップトップが手放せないあなたのために、プライバシーとセキュリティはしっかり確保しつつ、優れた執筆環境を提供してくれるアプリがたくさんあります。 が、特に抜きんでているのが、「」(日記作成ウェブアプリ。 フリーのオープンソースが好きなら、「」はいかがでしょうか。 クロスプラットフォームな、です。 もちろん、アプリを使わなくても構いません。 暗号化されたテキストファイルをDropboxに保存したり、や、その他のメモアプリなどを使ってもいいのです。 、してもいいでしょう。 でも、プロセスを自動化するほど、実際に日記を書いているのとは異なるので、同じメリットが得られなくなることには注意が必要です。 ブログ ブログを書くことでも、。 名声を高めることが目的でも、自分の考えや気持ちをオープンにすることが目的でも構いません。 ブログを書くということは、オーディエンスへの門戸を最大限に広げることになります。 つまり、プライバシーを犠牲にする必要があるのです。 あえてそれを望むのであれば、ツールやホストの選択肢は、有料・無料含めてたくさんあります。 では、人気のブログプラットフォームを紹介しました。 また、しています。 それぞれに見た目も違えば、対象とするオーディエンスや想定されている利用者も異なります。 どれを選ぶにせよ、個人ブログを続けるためには、空欄を埋めるだけで済むような便利なアプリがあるわけではありません。 それでも、コミュニティに参加できたり、自分のストーリーを世界にシェアできるというメリットが付いてきます。 どんな方法を選んでも、日記をつけるによるメリットは明らかです。 カート・コバーンやアイザック・ニュートン、アブラハム・リンカーン、アンディ・ウォーホル、レオナルド・ダ・ビンチのように有名なアーティスト、クリエイティブ、政治家、科学者でなくても、あなたの考えや経験には価値があるはずです。 それを記録に残すことで、あなた個人としてのメリットがあるのはもちろん、あなたがそれをシェアすることを決めた相手にとっても、何かを考えるきっかけになるかもしれません。 Alan Henry() Title photo made using Shutterstock. Other photos by , , , , , and. あわせて読みたい.

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認知症についてわかりやすく解説!【主な種類,症状,予防,対策】

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2つの応援クリックお願いします! 日本医事新報9月号 「認知症」と「大人の発達障害」 55歳以上のもの忘れの12%がADHD 8月27日に第1回認知症治療研究会関西支部講演会が開催された。 全国から300名の参加者で会場は満席であった。 興味深い講演が続くなか、名古屋フォーレストクリニックの河野和彦先生による「認知症と大人の発達障害」という話はおそらくこのテーマでは本邦初の講演であった。 今回、その内容の一部と私見をご紹介したい。 書店の医学コーナーには発達障害と題した一般書が多く並んでいる。 なんと日本国民の5%以上が発達障害だという。 なかでも大人の発達障害が最近大きな注目を浴びている。 コンサータとストラテラという治療薬が登場して以来、発達障害は医療の対象疾患となっている。 後者は登録の必要が無いので筆者のような一般医も処方できる。 発達障害のひとつである子供のADHD(注意欠陥性多動性障害)は知能指数が高く才能に溢れるが、3割が大人に持ちこして大人のADHDとなる。 これは「整理整頓ができない、衝動買いする」に特徴づれられる。 一方、アスペルガー症候群は「人の気持ちが理解できない」のが特徴である。 そして大人のADHDの半数にアスペルガー症候群が合併している。 大人の発達障害は歴史的著名人に多くいる。 ほとんどが世界遺産になっているアントニオ・ガウデイは三次元空間の把握が上手い一方、聴覚不全があり歌詞が覚えられなかったという。 種の起源を提唱したチャールズ・ダーウインも視覚には優れたが14歳になっても文字が読めなかった。 このように天才と発達障害は同居している。 あるいはルーズベルトやチャーチルなどの世界的に著名な政治家も発達障害であったという。 大人のADHDは1977年にヘンリー・マンとスタンリー・グリーンスパンがを論文化したが医学会は認めなかった。 1990年にアラン・ザメトキンが大人のADHDは集中時に前頭葉の血流低下をN Eng Medに報告している。 1993年にはダニエル・エイメンは94歳のADHDを報告している。 いずれにせよ大人の発達障害が理解されたのは2000年以降のことだ。 直近では55歳以上のもの忘れの12%がADHDであるという高知大学精神科からの報告がある。 認知症と大人の発達障害を鑑別する必要性が高まっている。 MCIと誤診しない 最近、「私、若年性認知症じゃないでしょうか?」と訴えて受診される40代、50代の人が時々おられる。 あるいは、「MCI(軽度認知障害)じゃないでしょうか?」と受診する人も少なくない。 NHKなどで30、40代の若年性認知症の人が堂々とカミングアウトしている影響もあるのだろう。 果たして検査をしてみるとMMSEや長谷川式は高得点で画像診断上も脳委縮を認めずどのような病態なのか疑問に思う例がある。 そんな時には「高学歴、整理整頓ができない、衝動買いの有無」を問診することで発達障害であることが分かる。 多動スコアや注意スコアが高ければADHDの可能性が高くその薬物療法が著効する。 発達障害を若年性認知症やMCIと誤診しないことを肝に銘じたい。 また実臨床ではADHDとピック病の鑑別が重要である。 一方、意外にも大人の発達障害はレビー小体型認知症に至ることが多いというから話は単純ではない。 発達障害と遺伝的素因 ADHDは遺伝的基礎のある障害であることが1990年代から示されている。 第6染色体のHLA遺伝子、第5染色体のドーパミントランスポーター遺伝子、第11染色体のD4レセプター遺伝子の異常などが報告されている。 片親がADHDだと子供の6割にADHDが出る。 両親ともADHDだと子供の88%がADHDになるという。 またいわゆる4大認知症に分類されているものも実際には多くは混合型であり時間の経過とともにその割合は劇的に変化する。 がんの確定診断のように唯一絶対なものではなく、認知症や発達障害の診断は相対的で動的なものだと捉えるべきだ。 発達障害にも診断基準があるが「何項目以上なら確実」というスコア診断である。 そこに遺伝的要素を加味すると話は複雑になる。 従って将来的には精神疾患や発達障害の診断もAI(人工知能)が活用されるべき分野だろう。 そして診断のみならず種々の薬剤選択や最適用量の決定にも抗がん剤の選択と同様にAIによる補助が欠かせなくなるのではないかと夢想した。 また認知症や発達障害をこうした疾患スペクトラムという概念で眺めると、視野が大きく開けるような気がした。 大人の発達障害が若年性認知症と誤診される一方、発達障害をベースにして認知症を合併してくるようなケースもある。 また認知症の介護者が発達障害である場合も散見する。 そんな場合うまく介護できず在宅療養が困難になるケースを時々経験する。 周囲の気持ちを察する能力に劣る人は介護が得意ではないので、在宅療養よりも施設療養の方が推奨される。 今後、増え続ける認知症の在宅療養が地域包括ケアシステムの大きな課題になっている。 今後は認知症の人だけでなく家族や介護者も発達障害という視点で観察して介護不適応者に適切な助言をすることも私たちの仕事になる。 発達障害の人は一般の会社組織にはなじめず最終的に介護や福祉系の職種に流れることが多いことも知っておくべきだ。 もし介護家族や介護職員が高度の発達障害である場合、虐待や介護殺人などの不幸な事件が懸念される。 従って認知症診療に発達障害の知識は必須である。 「認知症、薬増やす医者、認知症」 ある雑誌に「認知症、薬増やす医者、認知症」という川柳が載っていた。 たしかにピック病と診断されながらもドネペジル10mgを出して暴れているという介護認定の医師意見書を見かけるので笑えない。 多くの患者さんの尊厳を奪ってきた「抗認知症薬の増量規定」という悪しき習慣は、私が代表理事を務める「一般社団法人・抗認知症薬の適量処方を実現する会」の活動が実り2016年6月に撤廃された。 しかし日本医師会を通じてその通知が届いたのは1年後であった。 このように規則が撤廃されても肝心の周知が充分でないため、興奮して暴れている認知症の人に最高量の抗認知症薬が投与され続けたり、減量ないし中止をしないどころか反対に増量されるケースが現在でも少なくない。 筆者は「認知症の薬をやめると認知症が良くなるって本当ですか?」(現代書林)という本を書いている関係上、全国の一般市民から多くの副作用の情報提供を頂く。 だから前述の川柳を笑えない。 しかし河野先生の講演を拝聴し少し謎が解けた気がした。 もしかしたら患者や家族の訴えをよく聞かずに一方的に薬を増量することは発達障害による「こだわり」なのかもしれないと。 特に高学歴の代表的職業である医師はアスペルガー率が高いことや夫婦とも医師の場合、子供が発達障害である割合が高い話は有名である。 そのように解釈すると多剤投与や一方的な増量が腑に落ちるような気がしてきた。 ちなみに河野先生も私もアスペルガーを自認しているが(笑)。 「社会性をともなわない学力は害のほうが大きい」という翔和学園(東京都中野区)のポリシーを一同噛みしめた。 本研究会にはコウノメソッドという言葉を初めて聞いたという医師も多く参加されていた。 座長を務めた私は日本医事新報社から出版されたばかりの「コウノメソッド流認知症診療スピードマスター」を一読することをお勧めした。 嶋田和子氏の「発達障害の薬物療法を考える(彩流社)」から、私は大阪のふくずみアレルギー科の吹角 隆之医師を知りました。 次にリンクを貼ります。 長尾ブログ読者の方やお知り合いの方が、他の医師から「発達障害」と診断を受けてクスリを飲むように指示されたら(医者とケンカせずにその場は黙って処方薬を受け取るが、絶対に飲まないで)、 まずこの医師のウェブサイトを詳細に読んで、可能であれば大阪まで行って吹角医師に診てもらうことをお勧めします。 吹角医師のところまで行くことが不可能であれば、電話なり手紙なりで間接的に指導を仰ぐことも可能だと思います。 吹角医師のWebサイトには「発達障害の発生原因には食物アレルギー(フードアレルギー)、化学物質(農薬)、重金属、潜在性感染症など風呂おけモデルの全ての蛇口が関与しています」と書かれています。 「風呂おけモデル」とは また、 の、「Leaky Gut Syndrome LGS 腸管壁浸漏症候群」は、 なるほど、と納得しました。 この風呂おけモデルとリーキーガット(直訳すると「漏れる腸」・・・?)、すごく説得力あります。 長尾先生なら、この吹角医師の真実をご理解なさること可能と思います。 薬害に蝕まれる人が一人でも少なくなることを祈ります。 老健&特養の介護職の方々には、あまり違和感ありませんでした。 とてもしっかりした良い方たちでした。 唯一特養の看護師がひどかった。 病棟看護師丸出しで、私がマスクをして面会に行くと「風邪をひいているなら他の人に移ると困るから完全に治してから来てください」って・・・ 今の私企業の介護施設の正規職員さんはわずか10名。 そのうち発達障害確実が施設長を筆頭に3人います。 入居者は54名なので監査に引っかからない職員数を確保せねばならず、派遣職員(であることがようやくわかってきた)で補っている。 結局、発達障害の職員が古株なので、新規採用になった人はほどなく辞めてしまう。 だから派遣を雇う。 派遣もくるくる人が変わる。 入居者である父も時たま遊びに来る父の友人も、「ここはよく人が変わるね。 いつも違う人がいるよ・・・」 そうなのですね。 施設長とナースと機能訓練師が発達障害確実。 だから、新規採用しても働きづらくてすぐに辞める。 だから、いつまでたっても派遣ばかりなのです。 ようやく理解できました。 ・・・引っ越し先、探さナイト。 でも、90歳なので、移動はタイヘンです。 他の人は分かりませんけど、私自身は、発達障害だと思います。 家計簿が付けられない、片づけられないので、年がら年中、探し物をしている。 小学校時代から、先生が漫談を始めると、他のことを考えてしまって、授業が耳に入らない。 母に大声で、叱られると、もう何も考えられない。 この歳になっても、お向かいのお母さんが、大声で子供を叱っているのを聞くと、こちらまで怖くなって不安になってしまいます。 でも、他の方達も、大抵発達障害の方が多いんじゃないかと、疑っています(笑)。 でもだからと言って精神障害とか、知能が低いとかでは無くて、この論文には「夫々別の才能がある」と書いて下さっているように思うので、何となく「助かった」と思います。 発達障害およびアスペルガー症候群が男性に多いというのは後天的原因だと思います。 私は高齢者一歩手前の女性ですが、私もアスペ寄り発達障害の要素が強いです。 しかし、女子であるがゆえに成長の過程で矯正されてきました。 「矯正された」といってもクスリは無しです。 50年前には「発達障害」ブームは無かったし、私のような学童・学生は他にもいました。 教師も寛容でした。 父が完璧アスペ寄り発達障害なので、母は父にべったり寄り添って「管理指導」していましたので父にかかりきり。 ですから、私に対しては「自分でできるやろ?」「あんたは自分でやって!!」ということになる、ので、私は自立せざるを得なかった。 これが男子であれば「家事一切できなくても覚えなくても構わない、カネさえ稼げるようになればよい」そのために、お勉強を一生懸命やって官庁あるいは一流企業に就職する、あるいは一芸に秀でる、が、最重要事項で人生の目標となる。 たとえば、シャツのボタンが一つ取れてしまったらお母さんか縫い付けてくれる、そうでなければボタンが取れたまま着るか、捨てる。 母の代わりの「日常介護人」が、「妻」。 かくして「メシ、風呂、寝る」の単語だけ発する亭主ができあがるのです。 その「なれの果て」が、認知症まがいの高齢男性。 日常生活は、「家事」という名のめんどくさい雑用の連続で成り立っています。 そのめんどくさい雑用をやらずに、「仕事」とか「芸術」という類の、一つのことばかりやっていると、脳の一部だけを使うので、そこだけ特殊に発達してバランス悪い人格になるようです。 以前は、プロフェッショナルな職業人や芸術家のような存在を羨ましいと思ったこともありました。 けれども両親の介護にかかわる過程で、私は、人間を見る観点が変わりました。 社会的に成功している華々しい存在を見ても、「ああ、この人の脳も特殊な構造だから、ご家族はタイヘンだろうな」と思います。 たぶん長尾先生も・・・ "衝動買い" についてを考えると、「そうか脳の作用と深く 関係があるのか」と今更ながら思います。 "ストレス発散のためにショッピング " が若い頃には定番だった けれど、最近は減りました。 人混みに出掛ける億劫さの為かと 思っていたけれど、それだけではなく、今では買う時・迷う時の ワクワク感が、かなり減少したのだと気が付きました。 同時に、故人の遺品整理に疲れる日々では、物への執着が減少する のも当然な気がします。 「物」には人各々の思い入れがあるために 当人にとっては、"価値ある品物 " と脳にインプットされている のかも知れません。 けれども、その処理に関わっていると、なんだか 人の怨念? というか、"思い " が重くのしかかるような... 疲れる日々です。 我が身に置き換え、物に執着しない自分に変化しなければ.. と思いを新に する昨今です。 研究会で河野先生のお話に刺激を受け、紹介された参考書を読みました。 発達障害の「障害(disorder)」の捉え方には、留意すべきだと思いました。 長尾先生や河野先生が、自ら「私はアスペルガー」と語られるのは、その点を考慮されてのことと思います。 社会生活を送りながら、発達のアンバランスや凸凹という特性と向き合っている個々人に対する意識をバージョンアップしなければならないなと感じました。 認知症の中核症状や周辺症状のように、発達障害も同様に中核症状、周辺症状があるそうです。 その症状の影響により社会生活の維持が困難となった場合に、適切な診断、治療が個人の在宅生活あるいは人生そのものを守るという意味で、貴重な発表をしてくださったと思います。 大人の発達障害に早期に対応することで、若年性やMCIと見紛う認知症様症状を未然にコントロールすることができるのであれば、大変有効な予防といってよいのではないかと思いました。 さらに今回の発表からこれからの可能性に目を向けると、表層の様々な症状の背後に潜む発達障害の存在とその傾向を探り対処することで、精神薬漬けの対処療法から救われる隠れた当事者も多数現れるのではないか。 マイルドコンサータのような「発達障害のコウノメソッド」の開発につながり、地域の総合医のかかわる領域が広がっていくのではないかと期待しました。 発達障害は社会的に大きなテーマだという知識を、今回の研究会で得ることができました。 引き続き多角的に学んでいきたいと思っています。 私はお嫁に来て26年になります。 5、6年前まで。 アスペルガーのことを知りませんでした 嫁ぎ先の家庭環境のなかで、理解出来ないことが、沢山、たくさんありました。 何が正しいのか、分からなくなってくるのです、3年ほどで、私自身おかしくなったんじゃないかと。 心療内科にもいきました。 あなたが、おかしいのではないと先生にいわれ。 これでもかと言うくらい涙があふれてきて分かってくれる人が居る、と言うことがなによりの処方箋でした。 その時はアスペルガーのことはしりませんでした。 6年前、旦那の妹がいわゆる出戻りになりまして。 理由は環境適応障害とのこと。 それについてネットで調べていくとアスペルガーのことをよみました、あー、私はこれに苦しめられてきてのかー。 性格などではなく、こられなのかー。 と思うと、今までの全てのことが、許されたような気がしました。 それ以降、どんなに言われてもされても、アスペ様!お静かに、と心の中で唱えています。 時々私の人生なんなんだって思います、、ですが。 これも又人生と、50才となりました。 今は痴呆が入ってきたのか??見極めに苦戦しています。 初めまして!去年の3月に母が若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。 母は半年間休職をし、現在は沢山の人のフォローもあり職場復帰させてもらいました。 診断されてから1年経過して、やはり症状の進行は否めません。 毎日大変なことがありますが、仕事があることで母の症状を穏やかにさせていると思います。 先生のブログを読んで、とても興味を持ちました。 最近、若年性認知症当事者で有名な方と会って話しする機会がありました。 その方と会うのは約1年ぶりでした。 すごくびっくりしたのは、症状の進行を感じないことでした。 方や私達の周りでは症状の進行が早い当事者の方ばかりですが、その方の周りにはあまり認知症?と言える様な症状が散見することが少ない・・語弊があるかもしれませんがとても違和感を感じました。 その方は診断をされてから7年経過していますが、地方の講演会も毎日、色々な方とワークセッションをする程。 言葉は流暢ではありませんが、咄嗟の質問に対してもちゃんと自分の考えを文章として発言できるのです。 自分の母を見ても、相手の質問に対してとてもじゃないけどちゃんと文章としてまとめる力が不足しているなぁ・・・と感じるのに、どうしてこの人達の周りはスラスラと普通の人みたいにできるのか?スマホを使って地図を見ながら、新しい場所にも行けるとも言える。 本当に認知症なの?と思います。 そもそも「認知症」の言葉の定義が社会生活が何らか困難となる・・というものであれば、その人は既にもう認知症ではないのではないか?とも思います。 その様な当事者達が「認知症は怖がることはない、大丈夫。 症状は進行しないよ」と間違った印象を与えているのは医療業界としては問題ではないのでしょうか? 認知症の診断が1回きりで「はい、おしまい」となっている認知症の専門医と言われている精神科医が多いのではないのか?とも思いますし、そもそも「認知症」の診断があまりにもグレーゾーンが多くて、本当は認知症ではない 違う疾患で認知症の様な症状を呈している 人達も混じっているのではないかと最近思うようになりました。 大人の発達障害もその一部だとも私も思います。 認知症学会や認知症専門医達はあまりにも知識が少なすぎるのではないでしょうか?誤診されてその人生を歩むということはDrもそれなりに慎重に診断しなければならない・・患者も家族も長い間苦しむ状況があると思いますが、ちゃんとした認知症の診断ができるように整備すべきだとは思いませんか?長尾Drも大変だとは思いますが、お身体お気をつけて仕事頑張ってください。

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