ごんぎつね さん。 新美南吉 ごん狐

ごんぎつね(2)教材研究 先生も格闘している|【西日本新聞ニュース】

ごんぎつね さん

『ごんぎつね』の内容要約 いたずらばっかりしていたごん。 兵十と出会うことで少しずつ変わっていくごんの様子を、もう少し詳しくみてみましょう。 要約1. いたずら好きのごん 両親がいなくてひとりぼっちのごんは、毎日のように村へいき、いたずらをしては村人をこまらせていました。 ある秋の日、2~3日雨が続き外へ出られず、穴の中にしゃがんでいたごん。 やっと雨が上がり、外へでかけると兵十が川で魚を捕っているのを見つけます。 いたずら心をくすぐられたのでしょうか? ごんは、兵十がいなくなったすきに、つかまえていた魚を逃がしてしまうのです。 最後に、ウナギを逃がそうとしたとき、ウナギがあばれてごんの首に。 戻った兵十に見つかり、あわてたごんは、ウナギを首に巻き付けたまま横っ飛びで逃げ帰ってしまいます。 要約2. 兵十の母の死 それからしばらくしてごんが見たのは、兵十の母親の葬式。 いつも元気のいい兵十がしおれているようすを見て、ごんは頭を引っ込めます。 そして、病気の母親の為に捕まえた魚を自分が逃がしたせいだと悟り、「あんなこと、しなけりゃよかった」と後悔するのでした。 ゴンは盗んだ鰯をあげることで、兵十に償いをしようとするのですが…。 鰯どろぼうと間違われた兵十は、鰯屋に殴られケガをしていました。 そこで、またごんは「これはしまった」と申し訳なく思い、それからは自分でひろった栗やまつたけを兵十に届けることにします。 要約3. すれちがうふたり 毎日兵十の家に栗やまつたけをもっていくごん。 ある日、兵十の会話を耳にします。 このところ毎日、栗やまつたけを誰かがくれるのだと、不思議そうに話していました。 「それは神様のしわざだ、神様にお礼をいえよ」と言われ、それを信じる兵十。 ごんは、「割に合わないや」と思いながらも、次の日も兵十の家へ栗を届けに行くのです。 ところが、ごんが家の中に入ってきたことを知った兵十は「ウナギをとった、泥棒狐だ!」と、火縄銃を手に取ります。 ドン! ばたりとたおれたごんと、そこにおかれた栗を見て兵十は何を思ったのでしょうか。 『ごんぎつね』の主題・テーマは? ごんと兵十、ふたりの悲劇は何度読んでも涙を誘います。 作者はなぜこのような悲しい結末を選んだのでしょうか。 ところが、兵十の母親が死んでしまったものですから、ごんは思いをめぐらせます。 きっと、兵十の母親が病床についていて、ウナギが食べたいといったのだろう。 それなのに自分がいたずらをしてしまったから、母親はウナギを食べられなかったことを悔やみながら、死んでしまったのだと。 「あんないたずらを、しなけりゃよかった」 こぎつねのごんは、はじめてこんな気持ちになったのではないでしょうか。 一人ぼっちのふたり 「おれと同じ一人ぼっちの兵十か」 そういって、兵十のために毎日栗やまつたけを持っていき、物置の前に置いて帰るごん。 鰯で失敗したことも反省し、ごんなりに一生懸命考えた償いだったのでしょう。 偶然見かけた兵十のあとを、影法師をふみふみついていく場面は、ごんのいじらしさが出ていてとても印象的です。 兵十に心を寄せていく様子が伝わってきますね。 両親のいないごん、母親をなくした兵十。 次第に、ごんの中で兵十との距離が近づいていきます。 そんな時、「栗を持ってくるのは神さまじゃないか」と言われて兵十がそれを信じていることを知るのです。 すれちがいの悲劇 栗を持ってくるのは自分なのに、神さまにお礼を言うんじゃつまらないなぁと思いながらも、次の日も栗を持っていくごん。 その日は物置に兵十がいたこともあり、裏口から家の中に入ってしまいます。 栗を置いたのは神さまじゃない、自分なのだと気づいてほしかったのかもしれません。 「ごん、おまいだったのか。 いつも栗をくれたのは」 一人ぼっちの兵十とごんの、やっと心が通い合った瞬間です。 ばたり、と落とされた火縄銃と、筒口から細く出る青い煙。 兵十の驚きと後悔が伝わってきて、胸を締め付けます。 悲劇に終わってしまったからこそ、人々の心に深く刻まれるのではないでしょうか。 【ネタバレあり】感想とレビュー この絵本には、多くの悲しみの声がよせられています。 さまざまな視点からみた、ごんと兵十への言葉をご紹介しましょう。 偏見や誤解が生んだ悲劇 本当は、寂しがり屋なのにいたずらばかりしていたごん。 つぐないに、毎日毎日くりやまつたけを届けたごん。 兵十のかげぼうしを踏み踏みついていったごん。 素直に自分の気持ちを表せばよかったのに。 偏見や誤解や、コミュニケーション不足が生んだ悲劇が哀しく胸を打つ。 本当は誰よりも仲よくなれたかもしれないのにね。 柔らかで幻想的な絵と透き通るような文章 黒井健さんの柔らかに霞んだ幻想的な絵を通して、さまざまな思いに揺れる一匹の狐が描かれる。 ページをめくるたびに見せる孤独でいじらしいごんの姿。 幼い頃のおぼろげな記憶を、絵で再現したような印象も受けます。 絵と文章が織り成す妙を堪能させてくれる、素晴らしい絵本です。 来世での幸福を願う 可愛そうな兵十。 たったひとりの理解者であり支持者の正体がわかった途端、それを自らの手で殺めたことを知るのだ。 この先、兵十はどれだけの孤独と悔恨を抱えながら生きていかなければならないのだろう。 運命の力によって今世で幸福な関係をもてなかったごんと兵十には、来世で仲良い者同士に生まれ変わって欲しいと望まずにはいられない。

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ごんぎつね(児童文学)

ごんぎつね さん

ストーリーは、茂平という男から聞いた話であることが、前置きで語られるところから始まります。 そこで語られた話は、以下のとおりです。 ある日、兵十という男が獲っているうなぎに、ごんぎつねがいたずらをしました。 名前は、ごん。 彼は家族がおらず孤独だった背景から、日頃からさまざまないたずらをして、人々を困らせていたのです。 兵十にいたずらをしたのも、いつもと同じようにちょっとした寂しさからでした。 それから何日かしたある日、ごんは弥助の家内がお歯黒をつけているのを見て、お葬式があるのだと気づきます。 誰のお葬式なのか疑問に思い、彼岸花の咲く墓地までついていくと、それは兵十の母親の葬式だったのです。 そしてあの時、兵十がうなぎを獲っていたのは、病気の母親のためだったのだと納得します。 自分のいたずらのせいで亡くなる間際にうなぎを食べられなかったのだと思い舌打ちをして、こうつぶやくのでした。 「ちょっ、あんないたずらをしなければよかった」 (『ごんぎつね』より引用) その後は、後悔からごんが栗や松茸などの食べ物を兵十の家へ届けるようになり、物語が進んでいきます。 『ごんぎつね』の登場人物や、その人物像を見ていきましょう。 まずは冒頭でこの話を教えてくれた茂平(茂兵という表記もあり)です。 彼については、その後の作中で触れられることはありません。 主人公のごんは、ひとりぼっちの小狐です。 作中では彼の母親は登場しませんが、『日本昔話』では序盤に母親と別れるシーンも描かれています。 性格はいたずら好きで、兵十がせっかく獲ったうなぎを川へ投げ入れて返してしまいます。 そんないたずらに遭ったのは、兵十です。 いたずらから10日経って母親を亡くします。 普段は「赤いさつまいもみたいな元気のいい顔」をしていますが、お葬式の日は、やはりそんな素振りを見せません。 毎日ごんが彼へお詫びの食材を持って行っている時に、彼が不思議に思って相談したのがお百姓さんの加助です。 彼はその不思議な出来事は神さまのおかげなのだろうと解釈をし、感謝するべきだと兵十に伝えます。 その他にも、お歯黒を塗っている弥助の家内や、髪をすいている新兵衛の家内の様子も描かれていますが、ごんや兵十と会話は交わしていないようです。 作者・新美南吉とは? 教師の経験、童話作家、そして若くして亡くなってしまったという共通点から、宮沢賢治とともに語られることが多く、「北の賢治、南の南吉」と呼ばれることもあるようです。 「赤い鳥」に寄稿した代表作である本作の他にも、狐が登場する『手袋を買いに』などの童話が有名です。 また、作家の北原白秋とも交流があったことでも知られています。 「赤い鳥」の主催者でもある北原の大ファンであった新美は、自身の作品が「赤い鳥」に掲載されたことを大いに喜んだそうです。 その後、念願叶って、本人と対面することになります。 充実した日々を送っていましたが、結核のため、29歳の若さで亡くなりました。 こちらの作品は、読まずに聞けるオーディオブックで楽しむことができます。 今なら30日間無料! 「ながら聞き」ができるので、「最近、本を読む時間が取れない」方や「もっと手軽に楽しみたい」方におすすめです。 『ごんぎつね』の原文と教科書の内容の違いを解説!なぜ変化した? 教科書などで主流になっている『ごんぎつね』は、最後のシーンは、鉄砲で打たれたごんが「お前だったのか」と言われて、頷くシーンで終わります。 しかし原版である新美南吉の草稿の最後は、 権狐はぐったりなったまま、うれしくなりました。 (『権狐』より引用) という一文があります。 この草稿は「スパルタノート」という新美のノートが見つかっていることからも、こちらが原版であることはどうやら間違いないようです。 しかし、ここは鈴木三重吉が児童向けに編集した際にカットされ、「うれしくなりました」の部分は「うなずく」に書き換えられています。 どういう意図があってこういう編集になったのかは調べても謎のままですが、現在主流になっている『ごんぎつね』は、新美の『権狐』を元に、鈴木が編集を加えたものから広まっているため、そちらがポピュラーになっているようです。 ごんは最後嬉しかったの?と思うと、本作へ抱く印象が少し変わってきますよね。 本作は、ひとりぼっちの小狐ごんの様子から始まるのですが、彼が幼くして母親と離別していることがわかります。 それから、さらに死の描写が2回もあるので、多くの子供にとっては死を濃厚に扱った異質で印象に残る作品だといえるのではないでしょうか。 大人になってから「国語のあれ、トラウマだったよね!」と多くの人の話題にのぼるらしく、やはりそういった切ない物語を忘れることができないからかもしれません。 そういったどこか物悲しい文学作品は、日本の国語の魅力でもありますね。 本作の最後の場面は、ごんが兵中に鉄砲で打たれるという、つらいシーン。 いたずらをした事を反省したごんが、つぐないのために兵十の家へ栗を持って行ったところに、再びいたずらをしに来たと勘違いした兵十が、鉄砲で撃ってしまいます。 食材は神様のおかげだと考えている彼からしてみれば、ごんが恩返しをしているだなんて思いもしなかったために撃ってしまったのですね。 そして彼に「お前だったのか」と言われ、ごんは頷くのでした。 教科書などでポピュラーになっている『ごんぎつね』は、この打たれたごんの心情が読み取りにくいまま終わっています。 新美の「スパルタノート」の草稿では、最後にはごんが嬉しくなっているので、わかってもらえてよかったね、という解釈ができなくもないです。 そちらのほうが少し救いはありますが、子供のころに相手の悲しさや思いやりをしっかりと学んだり、相手の気持ちをしっかりと考えたりするきっかけになるという意味では、最後に頷くだけ、という想像の膨らむ終わり方がよいともいえるでしょう。 『ごんぎつね』で伝えたかったことは?テーマやメッセージを考察! まず、わかり合うことのできなかった人間ときつねの話であること、お詫びの気持ちを持って兵十の家へ出向いていたことが共通してどのバージョンでも描かれていることから、ごんが自分の行動へ罪の意識を持ち、兵十へお詫びにいくというのが主題となるでしょう。 また、兵十が母を亡くしてひとりぼっちになってしまったとき、親がおらず同じくひとりぼっちだったごんが、なにかしらの共感を抱いたと考えられることも、この贖罪の背景となるのではないでしょうか。 さて、今回は『ごんぎつね』についてお伝えしましたが、いかがだったでしょうか。 大人になってから読むと、またひと味ちがうのが本作の魅力です。 あなたも、もう1度読んでみませんか。

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教科書を読む「ごんぎつね」①|堀井美香/TBSアナウンサー|note

ごんぎつね さん

1 子どもたちの「読み」 「ごんぎつね」は長い期間、教科書に採用され、多くの日本人が読み親しんだ作品です。 つぐないの半ばで、ごんが兵十に撃たれて死んでしまう場面は、多くの人の記憶に残っていると思います。 兵十は立ち上がって、なやにかけてある火なわじゅうをとって、火薬をつめました。 そして、足音をしのばせて近よって、今、戸口をでようとするごんを、ドンとうちました。 ごんは、ばたりとたおれました。 兵十はかけよってきました。 うちの中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが、目につきました。 「おや。 」 と兵十はびっくりして、ごんに目を落としました。 「ごん、おまいだったのか、いつも、くりをくれたのは。 」 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。 兵十は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。 青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。 多くの小学生がこの物語を読み、学習する時に、この結末に対して 「ああ、何てごんはかわいそうなのだろう」 という気持ちになることでしょう。 - 「青い煙はごんの魂が空に上がっていくように思える」 「音もない空間に青い煙があがっていることが、悲しみを表している」 「ごんは無念だっただろうなあ」「ごんはうれしい気持ちもあったはずだ」 「いや、ごんが死んだとは限らない」 「生き返らせたい」 など、子供たちは様々な感想を持ちます。 教科書は4年生の教材として採用していますので、この結末に関して議論をさせて子ども達に理屈をこねまわさせるのもどうかと思います。 特にこの最後の場面は授業で議論の形で話し合って子供の感性に混乱を与えるよりも、物語そのものが持つ力にお任せして「私はこう考える」を聞き合って終わりにするくらいの方が良いかもしれません。 ごんが死んでいるかどうかについて論争するのはあまりお勧めできません。 2 なぜ悲劇なのか~作者について知る 子ども達も高学年になれば、 「作者の意図」を汲みながら考えさせることができるようになってきます。 4年生では難しいかもしれませんが、5・6年生で思考力が培われている学級集団なら、 - 「どうして新美南吉さんはごんを死なせてしまったのだろう」 「どうして新美南吉さんはこんなに悲しい話を作ったのだろう」 という疑問について考えさせるのもいいかもしれません。 教科書は4年生教材として扱っていますので、5年生か6年生では投げ込み教材として、「ごんぎつね再考」をしてみるのです。 このとき、余裕があれば、作者・新美南吉のことも調べてみるとよいでしょう。 この物語がはじめて世に出されたのは昭和7年だそうです。 新美南吉が19歳のときです。 昭和5年には中国との15年戦争がはじまっており、「ごんぎつね」は 世の中が戦争ムードへと大きく傾き始めている中で書かれています。 新美南吉は幼少の頃、けっこうつらい思いしたようです。 実母は新美南吉が5歳のときに死に別れています。 父親は新しい母親と結婚しますが、家庭環境は複雑で、あまりうまくはいっていなかったようす。 一時、養子として祖母に預けられたこともあったようです。 子供時代は決して幸せではなかったのではないかと思います。 仕事や就職にも苦労し、22歳のときには喀血して、健康不安もあったと思います。 詳細は下記、「新美南吉記念館ホームページ」等で知ることができます。 下記のホームページでは「実に生な人間の感情を見せている」と、新美南吉の意外な側面もレポートしています。 ごんが「ひとりぼっち」であることには、新美南吉の子供時代の孤独感が影響していると考えられるでしょう。 ちなみに、「てぶくろを買いに」の優しい母親狐像も、幼くして母を亡くしたことが影響しているようにも思えます。 「ごん」は「新美南吉」の分身(ぶんしん)でもあるのでしょう。 そんなごんを新美南吉は物語の最後で殺してしまいます。 よりによって友達になりたいと想いを寄せていた兵十に撃たれるという悲劇的な結末。 作者にとっては寂しいごんが兵十と友達になり、仲良く暮らすことができる場面で話を終わらせるという選択肢もあったはずです。 なのに 自分の分身を、わざわざ殺してしまいます。 ここまでの背景をかいつまんで子供たちに話した後、 「新美南吉はなぜこの物語を悲劇に終わらせたのか~新美南吉は読者に何を伝えたかったのか」 を、5年生の子供たちに考えさせるという授業をやってみました。 まずは4年生の時に学習した内容を思い出し、悲劇的な結末についての感想を出し合いました。 その後、どうして南吉が悲劇的な結末を選んだのかを話し合います。 子供たちの話し合いは、紆余曲折しましたが、• おそらく新美南吉は自分のつらい経験から、わかり合うことのできないつらさを読者に訴えたかったのではないか• 新美南吉はラストシーンをどうするか、非常に悩んだと思います。 読む人へ「仲良く暮らそう!」というメッセージを伝えたかったのではないか。 うらみや思いこみが決して人と人をつなぎあわせることはができないことを表したかった。 早まって人を殺したり傷つけたりしてはいけない。 つぐないの大切さ。 ごんを死なせてでも、読者がわかり合うことを大切にしたいという気持ちになってくれることを望んでいたのではないか• 人に嫌なことをしてはいけない。 子供はけっこう鋭いです。 5年生なので時間を確保できず、2時間の授業でした。 少々、私(教師側)の誘導が働いて強引だったかもしれません。 発言できたのは、感受性が強く、読みが深い子供たちでした。 中には「いや、ごんが死んだとは限らない」という意見を再燃させる子供もいて、「死んだということとして考えてみようか」と修正を加えなくてはならない場面もありましたが、大体の子供は新美南吉が意図を持って物語を構築していることに気付き、作者の意図を考えながら物語を読むというひとつの読書の方法を学ぶことができました。 5年生になって4年生の教材を再度引っ張り出すことは異例ですが、4年生の時よりも客観的に読む視点を経験させるというのは、よい学習になったと思います。 4年生の先生方もこの物語については丁寧に授業をされていたようで、子供たちも興味を持って新美南吉とこの物語の結末について意欲的に考えることができたと思います。 3 作者の意図を考えながら読む 教科書によく掲載されている宮沢賢治の「やまなし」や「注文の多い料理店」も、作者の強い想いが盛り込まれているように思います。 今後の学習にとって、作者の意図を想像するきっかけになればいいと思います。 授業の初めには、こんなふうに「読書の仕方」について話をしました。 (できれば6年の4月あたりにしたい授業です…)• 自分の読みを深める• 他人の読みと比べる• 作者の意図を考える といった物語を読みを広げていく方法を身につけさせる経験になったのではないかと思います。 4 新美南吉の最期 授業の終わりに、新美南吉の最期を紹介しました。 昭和18年1月はじめから新美南吉は床に伏し、3月になると喉の痛みがはげしく、20日頃にはほとんど声が出なくなってしまいました。 病の床で新美南吉は「私は池に向かって小石を投げた。 水の波紋が大きく広がったのを見てから死にたかったのに、それを見届けずに死ぬのがとても残念だ」と絞り出すように繰り返したそうです。 29歳7ヶ月、春の朝に南吉は亡くなりました。 昭和18年と言うと、戦争が激しくなって敗戦へと傾いていく時期です。 新美南吉の作品・「ごんぎつね」が広く国民に知られるのは戦争が終わってからのことです。 ・・・・・作者の没後60年以上を経て今なお子供たちに読み継がれているというのは、「ごんぎつね」という作品の力の偉大さなのでしょう。 コメント• 高橋さん、コメントありがとうございます。 arataさんへのレスにも書いているように、私はこの記事で、作者意図を考えさせる授業を熱心に推しているわけではないです。 それぞれの感じ方の違いを共有した授業の後に、作者の生い立ちや時代背景を元に、作者の意図についても想いをはせてみる機会を持つという程度の授業です。 押しつけにならないようには注意しなければいけないと思っています。 子どもについてどうこうというより、あまり新美南吉さんの生い立ちや作品の背景をご存じでない若い教員の方々にこの記事を読んでいただけるといいかなと思っています。 教師が物語教材を授業で取り扱う場合は、作者の意図に関してはある程度自分なりの考えを持っておく必要があると思っています。 高橋さんのおっしゃる「子ども達の自由な感想を共有する授業」の実践例も是非、記事にしてご紹介してください。

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