たぬき商店 居座る。 【Switch】あつまれ どうぶつの森 322日目【あつ森】

Kenshiプレイ日記23 結成、ハープーン部隊!

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子供だなって思いました。 どんな歌い手さん、活動者さんでもある程度有名になれば誰だってアンチがいます。 100人いたら100人に気に入られる人なんて絶対いませんから。 私はアンチがいたら、こういう意見の人もいるんだな、この人には合わなかったんだなって思って気にしないようにしてます。 だからアイドル歌い手だっていいと思いますし、逆に嫌いな人がいてもそりゃそうだよなって思います。 質問者さんだって苦手な人や好きになれない人がいると思います。 アンチの意見に声を大にして反論するファンや信者、わざわざ言わなくても良い事を言うアンチは、本当人を傷つけたり本人の評判を下げるだけなので、第三者がそういう事をやるのはやめた方が良いとは思いますがね…。 まあうらたぬきさんは過去に未成年と性行為したり色々問題を起こしてますから、その所為でアンチが多いのもあると思いますが;; いいものはいいし 悪いものは悪い 出来に評価が付くのは当然。 その評価が正当でないと思うなら証拠を持ってして抗議したっていい。 頑張ればいい?一生懸命だからいい?動画さえかっこよければいい?ファンがいればなんでも許される? 考え方は人それぞれです。 そう思わない人もいます。 仕事にしているならなおさら、頑張りではなく成果で。 結果で。 うらたぬきにアンチが多いのは人間性と音楽性の両面から見ての評価がその程度だからだと考察します。 もちろん人気者ではありますからその分アンチも多いといえますね。 あなたの意見が間違いだとは言いませんが あなた個人の感じるかっこよさと実際の出来はまた別の話です。 そして過ちも消えません、許される権利はありますが忘れられるのは難しいでしょう。

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ありさ♡

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「一度知ったらこの味でないと満足できない」。 そう言わしめるほど人気なのが、「純手打ちうどん ひちふく亭」の「ぶっかけ」。 甘めのぶっかけだしにさっぱりレモン、真ん中に居座る揚げ立てアツアツの観音寺特産ちくわ天が、大きなインパクトを放つ名物うどんです。 何より衝撃的なのは、エッジがしっかり立った麺の、他に類を見ないコシとシコシコ食感。 「それが機械を一切使わない純手打ちの醍醐味(だいごみ)や。 包丁切りにしか出せない味わい深さもあるでしょ」。 そう話すのは、うどん作り一筋36年の熟練店主・安藤彰浩さん。 ゆで上げるタイミングは指先の感覚だけで勝負。 かんだ時にキュッと音がするほどの生きの良さは、ほかでは体験できないかも。 麺の魅力を存分に堪能するべく、「釜揚げ」が肩を並べて評判なことにも納得です。

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【Switch】あつまれ どうぶつの森 322日目【あつ森】

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私、大山田五郎がこの江古田の街に移り住んできたのは一昨年、霧雨の降る冬の日であった。 ここには思いのほか長いこと居座ってしまったものである。 私の育ったのは信濃の小さな集落で、稜線を一筆書きでたどっていけば右へ左へ三六〇度、くるくる回ってしまうほど山に囲まれた田舎町であった。 自慢ではないが私は今年で大学の八回生になる。 学内で長老や仙人と言えば十中八九私の事である。 またこれも自慢ではないが私は関東に上陸してきてからというもの、街を転々としている。 誰を対象にしたかも知れぬ統計によって「住みたいまち」に選ばれた洒落た駅のそばや、ニュータウンと呼ばれるような似非近未来の街にも一年ほど住んだ。 無論借り住まいだが。 声を大にするとこの大都会では迷惑であるようなので中くらいにして言う。 決してすき好んで住まいを移す訳ではない。 ましてはヤドカリの引越しのような義務的移動でもない。 街が、私の五感に合わないのである。 まるで笑顔で差し出される異国の食べ物ををいつまでも咀嚼してしまうように私はあちこちで仕方なく暮らした。 特にあの街は酷かった。 駅から数キロ歩いたような気がするのに行き交う人の数は減ることを知らない。 これではカップルの痴話げんかがまるで私の身の上に起こっていることのような気がしてきて、顎の長い女が小爆弾をおとしたときには「ひい、すいません」とひとりごちてしまう程である。 これにて退散、とスマートに行きたいところだがこのテーブルの隙間を通り抜け会計を済ませるまでがこれまた難儀で、どうしてもこのカップルに私の立派な四角い柿尻を見せつけるかもしくは頼りない股間を拝んでもらう格好になってしまうのだ。 それからあれだ、醤油を買いに家を出ただけであるのというに蛍光色の戦闘服を身につけた爺さまたちに捕まってしまう。 クリーン運動という訳のわからん正義をふりかざして市民の足、自転車をちょっと拝借していくのである。 それならばあの鬼の汗のような油がのったラーメンを出してよこす「火星 まあず らあめん」が入った小汚いビルの建つあの場所に駐輪場を作ればいいではないかと、自転車を捕虜にとられた私は苦虫を噛む思いでほとほと家路につくのであった。 そんな訳でその街にはさっさと別れを告げてしまった。 不動産屋でそのような不満についてつらつらと並べたてたところ、なんとも甲斐性のなさそうな三〇半ばの男が「プロがお勧めするのはねえ、練馬区なんですよお」と言った。 前がプロと言うな、と顔をしかめたくなる程に男のワイシャツは黄ばんでおり、ボタンのまわりのアイロンの掛け方もてんでなっていなかった。 整髪料はあきらかに付けすぎで、てらてらと怪しい。 「どうです、家賃も安いし交通の便もいい。 この三件まわってみてはどうでしょ、大山田さん」 男がキイと笑うと右の形の良い歯に緑の草が挟まっているのが見えた。 推理力には定評のある私が判断したところその草はパクチーで、私はその男を信用することに決めた。 生きてきてこのかたパクチーを好きな人に悪人はいない。 この冬の繁忙期、隙をみて飯を喰らったはいいが便所で鏡を見る暇などなかったのであろう。 ナムアミパクチ。 私は心の中で合掌した。 「ささ、どうぞ。 お車用意しましたよう」 男が立ち上がると紺のしわくちゃのスーツからエスニックカレーの風が吹いた。 外に出ると冷えた空気がやけに気持ちよかった。 環七を過ぎたあたりで男は「家賃の安い順に見ます?それとも平米数?玄関からトイレまでの歩幅が少なくて済むところから、てのもアリですけど。 酔っぱらって帰ったときなんか便利ですからねえ」と言った。 私は胡散臭い男の話に終始口角の動きだけで対応したが、三件とも悪くない住まいではあった。 「いいでしょう、江古田。 このちょっとやる気のない感じがまた、ね。 栄えてるようでそうでもない。 でも忘れられないディープなインパクト。 練馬、江古田、石神井は僕の中での中穴三連単ってとこでしょうか」 私の前を機嫌のよい男がゆく。 カレーの残り香。 午後四時半。 商店街の色とりどりのテントの間から見上げる空は薄桃色で、「音大通り」という小さな看板を抜けてパーキングまで二人歩を早めた。 振り返ってもいちど見上げると看板が消えていた、なんて噂話が聞こえてきそうである。 気の毒な程小さく、街ゆく人の屁の気圧で飛ばされてしまいそうな看板であった。 「おお…おまえ」 見覚えのある顔と腹、不揃いの歯はむき出し。 音大通りではない俺様の通りであるとも言いたげに胸を張る狸がそこには居た。 どういう訳かやつは踏み台に乗っかっているので、背丈は私と同じくらいに見える。 郷愁を感じずにはおれないふくよかな体格、しかし決して可愛くない。 よくもそんな顔で浅間湯の看板を背負っているものだと感心に値するキテレツな形相である。 何を隠そう、私はこの世でバカボンのパパの次くらいに狸を愛してやまない。 幼少の頃など毎年違う大きさや表情の信楽焼の狸を買ってもらっては母を困惑させた。 彼らの配置をああでもないこうでもないと納得いくまで変化させ続ける事が私の心の平穏であり、部屋に入るなり、祭りの後のような狸たちの変化に母は何度も腰を抜かした。 それがなんということか! 私の心を泥のようにもったりとさせ、挑発せんかのごとき薄笑いを浮かべるやつの表情といったら! かつて私の部屋に居た信楽焼のどの狸とも違っていた。 このふてぶてしさと、小首をかしげて見せるこのすっとんきょうな笑顔。 飛び出す眼球。 まて、笑顔にも見えるがやつは私を、いやこの街を、世界を、複雑にときには楽天的にときには睨み付けるように見据えているのだ。 ただ者ではない。 そもそもなぜそんなにキンタマがでかいのだ。 そんなものでかくても何の自慢にもならないではないか。 ああ、狸! 狸になりたいと私の溜息が音をたて、漏れた。 こんな訳の解らない世の中にアホみたいな顔をして居座ることを長いこと夢見ていたのだ。 よし見ていろ狸、私もこの街にやってくるからな、と腹を優しく撫でてやった。 「私はちょっとここを散策して帰りますので」私は男に言った。 すたこらと早足で前を行く男は私が後ろについてこないことに気付いて、こちらに折り返し歩いてくるところであった。 「そうですか。 じゃあ後日お返事をくださいねえ。 僕のほうから電話するかもしれません。 よろしくです、大山田さん。 それから先程からずっと言おうか迷っていたんですけど…」 男は今度、目尻をだらしなく下げて黄ばんだ歯を出し笑った。 「ズボンのチャックが、開いてます」 その口元からパクチーは消えていた。 恐らく男は移動中、私が窓の外を見ている間にバックミラー越しに私の解放された社会の窓と自分の歯に挟まったパクチーに気付いたのだ。 男が挟まったパクチーを他の食べかすと一緒に指でつまみとり、運転席の窓から星の砂を街に撒いていくみたいにサラサラと捨てているところを私は想像した。 男は一礼をしてから消えた。 雲がつらつらと繋がっているのを暫く眺めていた。 私とちょうどよい距離を保ちながら、チャップリンみたいな猫もまた空をみた。 自転車の前と後ろのかごにめいっぱいの色々を詰め込んだ婆さまが「環七雲じゃあ」と、ねばねばした声で呟いてからすぐにひとりで訂正した。 「ああ、環八雲だったかな?」 ひとり暫く首をかしげるのであった。 少しの行間が必要だったものの、東京では交通量の特に多い場所にだけ雲ができるのだという話を不動産屋に聞いたことを思い出した。 あれは確か大山田青年、一九の頃だ。 はて、あの街よりずっと気持ちの良い空気だというのに。 私も首をかしげてみた。 古びたスイッチがかちんと入ったみたいな、いびつな音がした。

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