腐 女子 すごろく。 第29回 「すごろくで遊ぼう」

「推しすごろく」をつくってあそぼう!

腐 女子 すごろく

今日は昔やって滅茶苦茶楽しかった遊びの話。 これもかなり流行っていたよね。 今自分のアカウントを遡ってみたら2018年4月末には友達と通話繋いでやってたみたいだし、最近だと2020年3月24日にもやった。 それ以外に友達の家でお泊まり会したときもやった。 しかも全部同じメンツ この記事『』にちょっとだけ書いた「じごく」の名を冠するオタク5人組 (さすがに毎回皆揃ってるわけじゃないけど で。 じごくの名を冠するオタクグループ、全員の趣味が合うわけじゃない んだけど皆そこまで激しい地雷があるわけじゃないしよく喋るからすごろくには最適なんですよ…… 後良い意味でも悪い意味でも言葉の使い方がどうかしてる。 話が逸れたから本題に戻りますね。 私がしたいのはとあるお泊まり会の日にやった2018年にバズってた方のふじょしすごろくで遊んだ話。 オタクのお泊まり会はゲームをしたりアニメを見たりしながら穏やかに過ぎていき、お夕飯を食べてからふじょしすごろくをやる流れになったんですね。 お泊まりで無限に時間があるから無限にすごろくが出来るぞ!つって酒をキメながら何度かすごろくをしていたんだけど、毎回同じルールでやるんじゃ飽きもくるじゃないですか。 そこで「自分がどのCPの話をしているのか明かさないまますごろくをし、喋ったシチュエーションだけでどのCPの話だったかあててもらう」という遊びをしようよ!という提案をしたんですよ。 皆も面白そうだからやってみようと言ってくれたからやることになったんだけど、その場にいる誰も知らないCPは絶対誰にも当てられないじゃん。 後本気で推してるCPなんてそんなに沢山ないじゃん? いや、ある人もいるだろうけど私は自信を持って推しているといえるCPはそんなにいないし、友人であるじごくのオタク共もオタクらしいめんどくささを備えていて 「私の推しカプは付き合わないからこのすごろくで語ることはできない」 とか言い出す そしてそういう推しCPの存在はめちゃくちゃ分かる から "推しとまでは言えなくてもここのCPはあると思うしでなら結ばれることができるかもしれない" みたいなCPまで含めて自分以外の少なくとも誰か1人は知っているジャンル内での「CPを明かさない推しCPすごろく」がはじまりました。 これやったことがない人は1回やってみてほしい、気心の知れたオタクとやるとめちゃくちゃ楽しいから。 わけわかんないCPのわけわかんない妄想を垂れ流しているのに意外と当たったりしてオタクの共通認識とか相互理解の深さにビビるしウケるよ。 そんなこんなでずっとすごろくをしていたんだけど、じごくのオタク共も悲しいかな人間なので、1人また1人就寝するべく消えていくんですよ。 最後に残ったのが私ともう1人で、その子を仮にAとしよう。 彼女と私はじごくのオタク共の中でも特に生活習慣バチ狂い、朝日を見てから就寝すること繁く、学生時分には翌日の試験勉強をするために起きていたはずがで空リプしあっていたら夜が明けるような相性最悪チャンなんですね。 自分から喋るのをやめるということを知らない2人…… まぁそんなんだからAと私が最後に残ったのはさもありなんという感じだったんですけれども。 1:1だから確実にお互いが知っているジャンルじゃなくちゃいけない、そうは言えどももう10回以上すごろくをしているからとかそういう"その頃我々の間で共通に流行っていたジャンル"は全て喋り尽くしてしまっている、みたいな感じだったんだ。 だから? "相手が知っている"とは言っても"作品名は知っている"程度の共通ジャンルのCPとかも含めた限界のふじょしすごろくを何回かやった。 今思えばどうしてそこまでしてすごろくしたんだろうな……やっているときは楽しかったんだけど今思うと狂気だな…………多分お互い酔ってたし睡眠不足だったから許してほしい…… そしてこの先が私が1番喋りたかったこと。 今までのは前振りだからここまで読んでくれた人は最後まで読んでくれ、お願い…… そんなこんなで限界のすごろくをしていたから、お互いにお互いのCPが当てられない、みたいな回が多分何回かあったんですね。 時刻も深夜から朝に近づいていっていた。 何度目かの限界すごろくがAが先に上がって 多分 終わり、[さぁCP当てタイムだ]となりました。 すごろくをやっている最中にAがどのような話をしてくれたのかはもう記憶の彼方なんだけど、その回は私にとって"もしかしてこれかな?私が想像するこのCPと完全に解釈一致だ……"と思うCPがあったんです。 ただ、そのCPだとしたら受はAがよく好きだと言っている人で、私はそのCPの出てくる作品をむかーーしにアニメでちょろっと見ただけだったから、これでもしCPを間違えていてAの好きな男について壮大な解釈違いをぶちことになってしまったらどうしよう……と思って んなもんは今更なんですけど 言うのにめっちゃ勇気が必要だったんですよ。 でもそんなこと言ってても終わらないから意を決して訊いた。 そんなに昔から解釈の方向性は一緒だったのか……!と思って…… 三つ子の魂百までとか言うけど、私のヘキは確かにン年前から変わっていないんだな、と思った出来事です。 それでその日は皆兵の話でひとしきり盛り上がって、満足して寝ました。 今日の記事は本当に私の思い出を書いただけだな。 すみません。 Aとは末長く宜しくお願いしたいですね。 とにかく、そういう超楽しいことが起こり得るからふじょしすごろくはいいぞ!!!! Kbey.

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「推しすごろく」をつくってあそぼう!

腐 女子 すごろく

こんにちは、はじめです。 夏も終わり…ろくに夏休みもなく日夜社会と戦うみなさまは、いかがお過ごしでしょうか? とはいえ、夏には素敵な思い出を作るチャンスがいっぱい! ひと夏の思い出と言えばそう…。 真夏の恋愛ハプニング…。 夢女子だーーーー!!! 「夢女子」とは? 漫画やアニメなどの キャラクターと自分自身の恋愛を妄想して楽しむオタク女子の一種。 ワンナイトラブが起きやすい夏ですが、 ワンナイトドリーマーを生み出すのもまた 夏 なのです。 私の夢女子人生は、ティーン時代の夏に始まりました。 あの夏がなければきっと今は泥啜りの家畜として生活していたでしょう……。 今回は「これってあるんじゃないの?」という 夢女子あるあるをだいたいの年齢分(30個)挙げながら、立派な 夢豚となった私の人生を振り返ってみたいと思います! 夢女子あるある30 1 友達の女子から「沼」に誘われる オタクの入り口の8割は 友達から! 彼女たちはクラスメイトの「適正」を正確に見抜き、さりげなく近寄って話し相手になります。 そうして油断させ、会話の中にしれっと「ジャンル」解説を織り交ぜ、少しずつ 沼の淵に追い込んでいくのです。 2 その目利きの女子、だいたい人気者 成績優秀、運動神経抜群。 美人で優しい、クラスの人気者である彼女は とある「秘密」を抱えていて…。 …という何か物語が始まりそうな女子は、結構な 確率でオタクだと思ってます。 私もそんな友達に導かれてやってきたのだから……。 3 目利きの友達から「萌え」を教えてもらう 「これいいよ!」 紹介されたジャンルは巷で話題の ジャンプ系漫画。 男兄弟もいないし、少年漫画系は読んだことなかったけれど、「あの子が良いって言うんだし、読んでみよっかな…」 そんな軽い気持ちから始まったのは、めくるめく 「萌え」の世界。 4 第一声が漫画の感想ではなく「誰推し?」 この漫画、 面白かったよ! って、言うつもりだったのに…。 彼女が求めてきたのは 「どのキャラが格好良かった?」。 記憶に残っていたキャラを答えると、彼女は意気揚々に「跡部様が好き!」と語り始め…。 そう、もう私は沼の中にいたのです。 5 2000年代のオタク女子なら誰しも『テニスの王子様』を通る 2000年ごろから現在に至るまで、『テニプリ』の女子人気は腐女子・夢女子ともにすさまじいものがありました。 私も例に漏れずその一人です。 確かにテニプリのキャラは格好いい。 けど、人気キャラの跡部は個人的に俺様っぽすぎてどうもなぁ…ていうかテニスの話どこいったんだよ…。 でもテニスの王子様はやっぱり、いい。 6 キャラ由来の雑なあだ名つけられがち 「名前が似てるから、明日から 跡部様って呼んでもいい?」 え? どういうこと?? 名前も似てないし。 でもま、あだ名だからいいか。 そんな感じで戸惑いつつも承諾すると、本当にその日からあだ名が「跡部様」になり、お互いを推しのキャラの名前で呼ぶように。 その後は 「伊武」「周ちゃん(不二周介押し)」「カルピン」と仲間も増え、隠れた派閥へと成長していく。 ひとしきりテニスの王子様で盛り上がると次に彼女が持ってきたのは、 薄い大き目の本。 表紙には、 跡部と手塚の体が密着し、手と足を絡みつかせて頬を赤らめる姿…。 「BLって、よくない?」 BLファーストインプレッションと、友達の見たこともないような高テンションの衝撃度合いが強すぎて、今でも夢に見ることがあります。 8 「夢小説」に出会った衝撃 友達の影響で、何気なくBLについて調べてみると、小説を掲載している個人サイトが出るわ出るわ…。 ふと、BL小説以外も複数の小説を展開している 「雑食」なサイトにたどり着き 「夢小説」というジャンルと衝撃的な出会いを果たす。 そして、 名前入力という文化を覚えたのです。 名前入力とは? 夢小説特有の、小説を閲覧する前に主人公の名前を入力できる仕様。 主人公の名前を自分にしてあこがれのキャラと恋できる、乙女にとってまさに夢のようなシステムだった。 「腐女子」と「夢女子」…道は違えど想いは同じ 「私、夢系じゃないんだよね」 既にオタクジャンルを熟知していた「目利き」の彼女は、あくまで BL一本。 でも私は、 「夢」というジャンルを知ってしまった以上、BLには戻れない。 しかし同じ作品を想い敬い愛する気持ちは同じ…。 お互いの意見を尊重しつつ、ここで腐と夢は道を違えることになる。 10 気に入った夢小説は印刷、「小説だよ」と誤魔化す スマートフォンがない時代、夢小説を読むのはパソコンがある自宅のみ。 ましてやリビングに置くことが主流だった当時、家族の前で読むのもまたリスキー…。 そこで読みたい夢小説はまず すべて印刷しファイリングすることで、いつでもどこでも読めるように。 「何読んでるの?」と母に言われても、印刷された文字の羅列だから 「小説だけど?」と言って誤魔化せるのです。 11 【悲恋】【死ネタ】等の表記がタイトルについている 地雷(受け付けない設定やシチュエーション)持ちの夢女子も多いので、サイト主の思いやりで 【悲恋】【死ネタ】等の表記が。 【エロ】はもちろん 裏ページ行き。 12 BLのエロは「俯瞰エロ」夢女子のエロは「当事者エロ」 BLは「二人の関係を見守る」楽しさだけど、夢女子は自己投影する楽しさ。 ある意味リアルにえぐいタイプのエロ。 13 名前入力で本名は入れず、他作品のキャラ名を入れる 自分の名前を入力するのに飽きてくると、こういう応用技を覚える。 ヒロインの名前をゲーム『 ダンガンロンパ』の「大神さくら」(女子キャラ)にして、 さくらちゃんと手塚国光が恋愛する話を作ることが出来ちゃうのは夢小説だけ! たまに名前をそのままにして18禁読んじゃうことも…。 14 シチュエーションの枯渇に悩む時間の方が多い 片っ端から読み漁るので、すぐに消費が供給に追いつく。 シチュエーションの枯渇に悩む時間が増える。 15 行った事ないけど、世界中を旅した事になる 夢小説は 海外旅行に行った先でなんやかんやある話が多い。 海外に行く話を読んだら、行ったことがある国としてカウントしていた。 16 キャラの持ち物が欲しくなる 物語の舞台になった場所に訪れる 「聖地巡礼」という文化がある。 彼がここにいた…! という感動は確かに味わいたい。 私も近場だったら行く。 でも、私はそれより 持ち物の方が反応度高めだった。 『トリコ』を読んで調理器具が欲しくなったりする。 17 手帳に推しの写真またはカードを入れる ふいに そっと眺め、 ふと想う。 これだけでいい。 そして住む次元の違いからくる絶望に耐えながら、戦場の兵士のように生きるモチベーションを保つ。 18 同担の場合は一夫多妻制 「同担」とは? 一番好きなキャラクターがファン間でカブること。 同担問題はどの界隈でも非常にデリケートでナイーブな話題ですが、私は 一夫多妻制ということにして衝突回避していました。 夢女子も 友達は大事。 19 妄想の行く果ては自給 手当たり次第に二次創作を読み尽くし、飢えに苦しんだ結果、自給自足へ。 絵を描くか、小説を書くかのターニングポイント。 20 夢女子の8割は夢小説書きがち 絵がもともと描ける人は絵に行くが、そうそう上手く描けない。 なので、ほとんどが「自分でも書けそう」という理由で小説に挑戦する(上手く書けるとは限らない)。 21 授業のノートとかよりも書く 授業中、必死で書くのは黒板の御託より 脳内の萌え。 授業1コマのあいだに1小説くらい書ききる時もある。 22 自分が自分なのかキャラなのかわからなくなる 「夢」なので、小説を書く時はキャラクターの相手役も演じなければならない。 だんだん自分と相手の境界があいまいになってくる。 BL小説の場合は受・攻の二役。 BL作家の方が作品の平均クオリティは高い気がするけど、夢小説は1キャラの描写にじっくり比重を置けるので、書いているときの没入感はより高いのだ。 23 「次の段階」を求めて個人サイトを開くようになる 創作にはゴールがない。 ここで承認欲求が強かったり、あまりにもマイナーなジャンルを好んだりする人は、個人サイトを立ち上げて仲間を探し始める。 私は当時『テニプリ』の女子ヒロイン・桜乃が嫌いすぎて 「桜乃が不幸せになる夢小説」ばかり書いたり読んだりしていたが、やがて少数の同好の士と自分自身のための個人サイトを開くことを決意した。 24 夢系サイト、全体的に「ふんわり」デザイン テキストがメインのサイトなので、PC初心者でもすぐ始められる。 そのせいか、こだわったサイト作りの人は少なかった。 読みやすさ、大事。 25 コミケに憧れる BLと違って、夢小説は自己投影が基本。 つまり「サイトに名前を入力して読む」というのが最大の魅力、夢小説の最適なカタチであり、コミケのような場で薄い本を頒布する文化は、BL界隈ほど盛り上がっていなかった。 それでも同好の士で直接盛り上がれるコミケみたいな世界は羨ましい。 あの時BLの道を選んでいたら…と少しだけ後悔した。 26 夢女子オフ会は設定付き 夢女子もオフ会を開く。 私が参加していた夢女子オフ会は、「相方(注:キャラ)が家にいる」という設定で彼の「良さ」を語り合う場だった。 そこでさらに独自設定が設けられることも多い。 ちなみにお勧めは「相方の葬式後」です。 喪服を身にまとい、亡き相方のよかったところを語りあう…。 悲しいけど、好きな人の最期は看取るのは、 「女の願望」。 27 オフ会で使う会場、パセラになりがち 使い勝手いいよね~ハニトーうまいよね~。 28 一部の夢女子は狂気じみてくる たまに夢を見すぎて本当のクレイジーになっている人がいる。 でも、そんなに変なことじゃない。 いつの時代も恋愛のもつれはつきものだし、明日は我が身。 それだけ好きになれる推しってやっぱり尊いし、愛する気持ちを尊重しよう…という結論に落ち着く。 29 職業にする 好きな事で、生きていく を地で行く結果に。 アニメ・漫画やゲーム関係と、何かしら推しと ワンチャンありそうな界隈へ就職してしまう。 30 我が夢女子人生に一遍の後悔なし いろんなジャンルがあるのは知ってるけど、「やっぱり自分には夢女子でいる事が1番合ってる」と推しを見る度に思う。 夢女子、サイコーなんですよ…。 最後に みなさんも、夢の世界へ足を運んでみませんか? 夢沼の底から、お待ちしております。 (終わり).

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【恥ずかしくないよ!】私の「夢女子」人生を30のあるあるで振り返る

腐 女子 すごろく

この項目には性的な表現や記述が含まれます。 もお読みください。 腐女子(ふじょし)とは、や(BL)と呼ばれる同士のを扱ったやなどを好むのことである。 「婦女子」(ふじょし)をもじった呼称である。 以前は ヤオラー 、 やおい少女 とも呼ばれていた。 腐女子という言葉は、1990年代末にネット上で使用が確認されており、2005年頃から一般にも認知されるようになった。 元々やおいやは社会にとって病理的な現象の一つだったが、大きなイメージギャップのあるボーイズラブ、腐女子という新しい言葉が使われるようになったことで、男性同性愛を題材にした作品やその愛好者のイメージを刷新することに一役買った。 やおい・BLジャンルを好む女性に限らず、オタク趣味を持つ女性全般を指す言葉として用いられることもある。 ただし女性オタクでも、男性同性愛をテーマにする作品を好まない人には、腐女子と呼ばれたり、一括りにされることを嫌がる人もいる。 腐女子でない女性のオタクは単にオタク、または「女オタク」とも呼ばれる。 腐女子は、女性のオタク趣味への罵倒語(蔑称)として使用されることもある。 メディアでは2015年頃からメディアで取り上げられることが一段と増え、やおい・BL作品を読むことを公言する芸能人・有名人が増えたこともあり、腐女子の扱いはポジティブになってきている。 年齢の高い腐女子をさす派生語として 貴腐人(きふじん)もある。 同様の趣味を持つ男性は、 あるいは「父兄」をもじって 腐兄(ふけい)などと呼ばれる。 概要 [ ] もともとはな要素を含まない作品の男性(的)キャラクターを同性愛的視点で捉えてしまう自らの思考や発想を、自嘲的(じちょうてき)に「腐っているから」と称したことから生まれたといわれる。 使われ始めた当時はへりくだったニュアンスとして、自身の特殊な趣向に対する防衛線の役割を果たしていた。 のは、「マスコミがねつ造したネガティヴなヤオイ愛好家像のステレオタイプに対するレッテルとして、ヤオイ愛好家たちは抵抗を示していた」が、現在は多くの愛好家が自称として使うようになっていると述べている。。 やおい・BLジャンルの作品が好きでも、男性二人を見るとカップリングを妄想してしまうといった「典型的な腐女子」イメージに合致しないため、自身を腐女子ではないと考える人もいる。 腐女子は「私」の存在を消したうえで、「対関係」となる男性キャラクター同士の関係を築くことを重視する。 への参加者の多数が腐女子だといわれており(2014年時点) 、二次創作などのアマチュアクリエイターも多く、作家から商業作家になる腐女子も多かった。 やおい・BLジャンルの作品は、「基本的に美男子二人が『攻』と『受』の役割に分かれ、セックスにおける挿入する側とされる側を演じる男同士の恋愛を縦軸に、スポーツや仕事などを横軸にしたロマンス物語とバディ物語を兼ねた作品」が主であるが 、商業オリジナルから二次創作まで、男性キャラクターたちの性的要素のないほのぼのした日常の話から男性同士のセクシュアルな物語、耽美と呼ばれるような隠微でシリアスな話から明るいコメディ、現実ベースの物語から歴史もの、ファンタジー、SF、少年の物語から社会人男性、冴えない中年男性やお年寄りの物語まで様々で、非常に間口が広く懐が深い。 腐女子でも人によって好む作風・設定は異なり、その好みは「嗜好」と呼ばれる。 メディアは小説、マンガ、アニメ、ドラマCD、ゲーム、実写ドラマ・映画など多様で、マイナーだが短歌もある。 のによれば、自らのことを腐女子と表現する背景には、相手から「腐ったような女子」といわれる前に自分からそれを表明して侮蔑を回避するという「居直りのレトリック」があるという。 ライターのは、自分自身を相対視して自虐的に表現するだけの余裕ができたという点において、この言葉の発生はやおい文化の成熟を意味していると述べている。 やおい・BLジャンルを愛好する女性を腐女子と呼ぶのに対し、と呼ばれる女性向け二次創作を愛好する女性は夢女子とも呼ばれる。 が行った調査では、回答者の女性のうち約2割がBL作品を好き、もしくは興味があると回答している。 一方でBL作品を好きではない、興味が無いと答えた女性は4割近くに上っている。 初期の分析は、なぜやおい・BLジャンルを愛好するのかという動機が観点だった。 この観点での分析は、BL作家でもある(栗本薫)『コミュニケーション不全症候群』(1995年)が最初であり、当事者の視点に立った議論が展開された。 やおい・BLジャンルを愛好するのは「男女差別の中で抑圧された女性性が自傷的行為に走らせているからだ」という理解が中心で、「女性が女性という性であること自体に対しての強い不適応感」や、「女性は選別される性として、他者からの承認によってしか自己肯定感を得ることができなかった」ということが問題視された。 しかし、『やおい小説論』(2005年)以降は、抑圧からの逃避というより、女性によるジェンダーの娯楽化であると理解され、動機よりも作品で「なに」が描かれているかという観点にシフトしてきている。 近年では、作家の、NHKアナウンサーの 、女優の など、BL愛読者であることを公言する女性著名人も増えた。 イタリアでは1999年に、アメリカでは2003年にBL漫画が翻訳出版されており、現在では世界中にやおい・BLの愛好者がいる。 欧米ではライトテイストの作品が「少年愛」、性描写のある作品は「やおい」と呼ばれる。 やおい・ボーイズラブジャンルに性描写が含まれる作品が少なくないことから、一部問題視する人もおり、一部の国では規制しようという動きもある。 経緯 [ ] ドイツ人によるYaoiのファンアート 女性が作り楽しむ男性同士の同性愛物語・性愛物語は、日本では1970年代に少女マンガと文学の場に登場し、や、、などの教養を換骨奪胎しながら隆盛し、もの、耽美などと呼ばれた。 新潟大学准教授のは、「男性へのエロティックな関心を積極的に肯定する点で、それまでの女性<文化>とは一線を画している」と述べている。 1980年代には次世代のクリエイターも育ち、同人誌文化と交流しながら新しい文化になっていった(と並走しており、関連も指摘されている)。 1975年に同人誌文化から、「ヤマ・オチ・イミのない物語」を指す「やおい」という言葉が生まれ、女性の二次創作で男性の友情を恋愛に読み替えた「ホモパロ」が盛んになり、徐々に「やおい」が男性同士の同性愛物語を意味するようになっていった。 この時点では、愛好者を指す「腐女子」という言葉はなかった。 現在のボーイズラブの源流を、1970年代に少女マンガで流行した少年愛ものに求める向きもあるが、直接関係はなく、同人誌から発生したものだという見解もある。 また欧米では、日本のやおい・BL文化とは全く関係なく、「」という男性キャラクターふたりを同性愛関係に読み替えた二次創作の文化が誕生しており、これは1970年代ので知られるようになった。 BLレビュアーのぶどううり・くすこによると、2016年時点で「腐女子」という表現で出典を明記できる最古の例は、1999年の男性の個人ブログである。 ブログ では「ネット上の某掲示版」に関する用語として説明され、言葉のイメージは、話題はちょっと下品だが18禁ではなく、不真面目というわけではないが堅苦しくもなく、オタクみたいだけど暗くはない、と表現されている。 は、2000年頃からを中心に発生した言葉であると述べている。 もともとは少女マンガ家が使い始めたものだとする説もある。 2004年 - 2005年にかけて男性オタクを主人公とした『』が展開され2005年には映画化し、が乱立するなどのオタクブームが起こった。 エッセイストのは、この時点では腐女子を含む女性オタクはあまり取り上げられることは多くなかったと述べている。 三崎尚人は、オタクブームの中で2005年秋ごろから男性のおたくだけでなく、女性のオタクへの関心が増していたと述べている。 『電車男』のヒットでメディアが「オタク文化」の延長線として「腐女子」にも目を向けるようになり、徐々に取り上げられるようになった。 2005年には雑誌「」(朝日新聞社)で特集記事が組まれ、「腐女子」が一般にも知られるようになっていった。 2007年になると6月と12月に雑誌『』上で臨時増刊号として特集が組まれ、メディアへの登場例も増加した。 この頃、男性同士の恋愛ものの総称として「やおい」は使われなくなっていき、「ボーイズラブ(BL)」が普及した。 インターネットの普及で、やおい系二次創作が広く(腐女子以外の人々の目に留まらないよう工夫された形で)共有されるようになった。 2007年にイラストの投稿に特化したソーシャル・ネットワーキング・サービス が公開され、このサイトでは閲覧者を拒む機能がなかったこともあり、秘密の共有という色合いが強かったやおい系が人の目に触れる形となった。 以降、二次創作には著作権上の問題があるにも関わらず、腐女子の間での二次創作ジャンルとしての人気は「オタクビジネス」における人気のバロメーターとしても捉えられるようになっている。 最初から腐女子に受けるように考慮された作品も増加している。 ・永久保陽子は、出版社や制作サイドは、ボーイズラブ的なものが商売になると理解し戦略的に使うようになっており、こういった傾向は1980年代には始まっており、1990年代には少年誌「ジャンプ」はすでに自覚的で、現在では一般化していると述べている。 2015年にアイドルで腐女子の・が、『』(日本テレビ系)で、MCのお笑い芸人ふたりを題材に自作BL漫画を創作。 この件はまとめサイトを経て炎上したが、広く印象付けられることになり、BLが取り上げられることが急増し、テレビでBLの話題が出ることも珍しくなくなった。 腐女子がポジティブに扱われるようになってきている。 特徴 [ ] 腐女子が好むのは男性キャラクターの恋愛や特別な絆の物語であるが、戦う少年たちの熱い友情に憧れ萌える、アニパロの系譜の二次創作を好むタイプもいれば、少年愛ものは好きだが戦う少年たちにもその熱い友情にも興味はないという人、「」などの国の擬人化にみられるように、ジェンダーを娯楽化して屈託なく楽しむ人など様々である。 商業オリジナル作品を読む人、二次創作を読む人、商業オリジナル・二次創作の両方を読む人、特定の傾向の作品・特定の作家だけを読む人、やおい・BLジャンルは何でも読む人、二次創作のクリエイター、同人オリジナルのクリエイター、商業クリエイターでやおい・BLだけを描く人、それ以外の作品も描く人、お金をつぎ込む人、作品の購入はせずネットで読む人など、人によって好みや行動は異なる。 は、やおい・BLジャンル好きも一様ではなく、どちらが受けでどちらが攻めというカップリング妄想でいくらでも時間が潰せるタイプもいれば、そういった「典型的な腐女子」像のイメージが当てはまらない人もいると述べている。 やおい・BLジャンル作品をどのように読むのか、そのような側面を好むのかには、いくつかのグループ、少なくとも2つ以上のグループがあるようだと指摘している。 女性のオタクの中には、腐女子、男女の物語を好む・またはアニメや漫画、ゲームなどは好きだが特に恋愛ものを好むわけではない女オタク、・を好む夢女子、女性同士の物語を愛好する百合女子、熱狂的ファンである声オタ 、のようなが好きな人などがあり、それぞれ作品に求めることは微妙に異なっている。 とはいえ、男性同士の物語も男女の物語も好き、声優もやおい・BL作品も好き、何でも楽しめるといったように、複数の嗜好を持つファンもいる。 二次創作を行う腐女子は、即売会、アフター(打ち上げ)、オフ会など、現実空間での活動だけでなく、日常ではやpixiv、個人サイト、筆者とのメールでのやり取りなど、仮想空間上で活発に活動している。 楽しみ方 ドイツの研究者は、ドイツと日本の腐女子にインタビューし、UGA(対象の使用方法とその満足度に対するアプローチ)理論を使ってやおい・BLの多様な楽しみ方・エンターテイメント性を分類した。 主に性的な欲望・欲動としてやおい・BLを楽しむパターン• オンライン活動を通して作品を生産、消費し、ファン間の密接なコミュニケーションを楽しむパターン• コンベンションなどイベントを楽しむパターン• 上記の混合型 やおい・BLジャンルは読者・クリエイターの間を行き来することが容易であるので、楽しみ方は無限に多様化すると述べている。 私生活や恋愛を犠牲にしても創作を行う人、生活と創作を適度なバランスで楽しむ人、創作をせずに作品を楽しむだけの人など、腐女子の楽しみ方や価値観も様々である。 腐女子になった時期・きっかけ 少女漫画におけるの仕掛人と呼ばれるは、小さいころから大量の本を読んでいたが、小学校中学年から「耽美的世界」を文字としても漠然とした内容としても意識し憧れており、小学校高学年頃からなどの少年同士の物語が好きだとはっきり自覚していたと述べている。 ブロガー・BL研究家のマルコ(山田井ユウキ)による日本語のアンケート(2005年、有効得票数4509) 、女オタクのちぷたそのTwitterでの日本語のアンケート(2016年、有効得票数50程度) によると、腐女子に目覚めた時期は、小学生から中学生がおよそ7 - 8割を占めている。 マルコは、25歳以上が多いのは意外だが、これはネットが普及したことが大きいのではないかと推測している。 腐女子になったきっかけは、マルコのアンケートでは、元々アニメや漫画が好きでそのまま移行した(スライドした)という人が44. スライドしたきっかけとしては様々な作品が挙げられているが、『』と『』が圧倒的に多い。 は、2016年時点でアラサーの女性は、少女漫画誌『なかよし』で連載された『』に幼少期から触れたことで、腐女子やオタクになった人が多いのではないかと述べている。 同作は低年齢の少女向けであるにもかかわらず、百合・BL・ロリコン・というオタク要素が含まれており、アニメ化されてNHKBSとNHK教育で放送され広く人気となった。 腐女子の性自認 日本では、腐女子の大半は異性愛者であるという見解が定説になっており、同性愛者であるケースは少ない と言われてきた(また、中島梓は1998年の著作で、やおいを愛好する女性たちは、現実の男性の同性愛者に対しては興味を示さないことが多いと述べており 、いわゆる「」とも異なる)。 溝口彰子は、セックスを身体的行為であるとのみ定義づけるならば腐女子の多くは異性愛者だが(性自認は異性愛者)、セクシュアリティにファンタジーの次元を認める場合、「セクシュアル・ファンタジーがヤオイの男性同士の表象で占められている」女性たちを完全に異性愛者だとは断言し難いと述べている。 英語圏のやおい・BLファンの多くは、やおい・BLを既存のジェンダー構造の枠組みを打破する新しいセクシュアリティー言説であると考えている。 タン・ビー・キーは、英語圏の腐女子・腐男子は「自身のセクシュアリティーに関しても的か、もしくは、単純に固定されない人々」だと定義している。 西洋でのやおい・BLの受容を重視するアメリカの批評家ドゥルー・パグリアソッティは、2005年から2007年にかけてやおい・BLファンを対象に英語(回答者478)とイタリア語(回答者313)でオンライン・アンケートを行った。 趣味の隠蔽 一般に腐女子は、やおい・BLジャンルを好むことを同じ趣味を持つ仲間内以外には隠す傾向がある。 は、腐女子の自身の趣味の隠蔽度は次の3段階に分かれているとしている。 腐女子仲間とだけ趣味を共有し、一般の友人には完全に趣味を隠蔽するケース• 腐女子仲間のほか、一般の友人のうちでも理解のある人には趣味を公開するケース• 友人が皆腐女子なので隠蔽する必要が無いケース の吉田栞・文屋敬は、「〈告白〉とは、少女同士の間に形成されたコミュニティへ参加するために必要な条件」であり、腐女子が〈告白〉の対象とするのは、主に漫画やアニメ、ゲームに登場する男性キャラクターたちであり、一般的に受け入れられにくいと述べている。 自身の腐女子的な趣味を告白することは、がそのセクシュアリティを告白するときの表現にならって「カミングアウト」としばしば表現される。 のによれば、自身が腐女子であることを隠す傾向は地方ほど高いという。 恋愛・モテとの関連 腐女子に対するステレオタイプな否定的イメージとして、「現実の男性に相手にされないようなモテない地味な女性がやおい・ボーイズラブに逃避している」というものがある。 漫画家のは、BLは「もてない女の慰め」と揶揄されることもあるが、実際そういった面もあり(無論それが全てではない)、「今の男女のあり方に無意識的でも居心地の悪さを感じている人が読むもの」だが、読者が受けてきた抑圧や居心地の悪さはそれぞれ違っているので、一括りにしにくいと述べている。 やおい・BLジャンルや腐女子をと結びつけて論じられることも少なくないが、それを嫌がる人も多い。 もてる腐女子も少なくないという反論もあるが 、恋愛コンプレックスからやおい・BLジャンルを愛好するようになった人もいるため、その場合擁護が心理的プレッシャーになるという指摘もある。 宗教との関連 日本ではやおい・BLジャンルが宗教絡みの文脈で語られることはほとんどない。 カトリックの多いフィリピンは性的な事柄に保守的で、BLなど性描写のある作品の出版が禁じられており(キス以上の場面は一般メディアでは検閲される)、女性が性的な作品を鑑賞したり性的な自己主張をすることは変態的欲望だとみなされている。 国際教育研究センター準教授のは、この国のBLコンベンションでのインタビューでは、BL活動に関する宗教の影響を否定する参加者が多かったが、仮面をかぶって顔を隠す参加者、両親に腐女子であることを知られたら殺されると真剣に案じる参加者もいたと述べている。 またイスラム教徒の多いインドネシアでは、BL商業誌の出版は検閲は厳しくないとはいえ禁止されている。 腐女子・腐男子の多くは自らを敬虔なイスラム教徒ではないとしてBLと自身の宗教との関係を否定していたが、中には敬虔なイスラム教徒であるが腐女子を止められないというジレンマを抱える人もいたという。 コミュニティ [ ] 溝口彰子は、「が述べているように 、ヤオイを『読む』ことはヤオイ(のコミュニティの成員としての人生)を『生きる』ことである。 」と述べている。 当事者からは、おそらく女性特有の傾向だが、「萌え」は誰かと分かち合って初めて楽しく、それができないと苦しいという意見もあり、同じ嗜好を持つ腐女子としてのアイデンティティの基盤には、腐女子の間の連帯性をベースにするコミュニティへの帰属がある。 溝口は、腐女子のコミュニティは、好きな作品について感想を述べあうことでは性的ファンタジーを交換する「ヴァーチャル・」空間として機能していると述べている。 KDDI研究所の大戸朋子は、二次創作を行う腐女子コミュニティへの調査から、ある腐女子がコミュニティ成員であり続けるためには、常に対象に対する「愛」を発表し続けなくてはならないと指摘している。 近年主な活動場所になっている Twitter や Pixiv などのネットワークは情報の消費速度が速く、呟いた瞬間に過去のものになるため、コミュニティの成員であるため自身の「愛」を二次創作作品や呟きによって表示し続けなくてはならず、語ることをやめれば「愛」がない(なくなった)と判断されてしまう。 大戸は、後期近代にみられるアイデンティティの問題と関係を指摘しており、後期近代にみられるアイデンティティは流動的で、その都度再定義・再構築しなければならず、他者による「私」の肯定、つまり「個としての存在の肯定」を強く必要とすると述べている。 pixivでは、ユーザーはイラストや漫画、小説といった作品、好きな作品のブックマーク、好きなユーザーのフォローを通してプロフィールを形成し、ある種のコミュニティを形成していく。 女性ユーザーが多く、その多くを腐女子が占めるが、男性ユーザーに比べ女性ユーザーは互いの作品に対する評価や交流、好意的フィードバックが盛んで、女性の方がクリエイターの創作意欲を沸き立たせるような行動を取っているという意見もある。 女性ユーザーの「共感」は特定のカップリングに対して示される場合が多いため、クリエーターのジャンルやカップリング、「愛」の対象が変われば、所属するコミュニティが変わり、それまでのフォロワーが離れていくことも多い。 読者の好意的な反応が、今のジャンル・カップリングの作品を書き続けてほしいというプレッシャーになることもある。 ホープ・ドノヴァンはアメリカの腐女子のやおい・BL消費を文化人類的視点で分析し、前資本主義的な、資本主義に帰属しないコミュニケーションが構築されていると述べた。 例えばBLファンサイト Aarinfantasy では無料で作品をダウンロードすることができ、見返りに「thank you」ボタンを押すという形になっており、金銭目的ではなく、純粋にやおい・BL作品を共有したいという欲求によって成立している。 は、腐女子を含む女性の同人サークルにおいては、先輩から後輩に対してをはじめとする礼儀作法の類を厳しく教え込まれたり、それに反した構成員をコミュニティから排除するケースもあったと述べている。 日本での現実のファン活動は、腐女子が自ら創作した漫画や小説の冊子を販売する同人誌即売会が多い。 やおい・BLジャンルの研究者は他のピュラーカルチャー研究同様に愛好者が多く、若手研究者を中心に2009年に設立された「大阪腐女子研究会」などの研究グループもある。 欧米では、お祭りのように一日中いくつもの活動が同時に行われ、来場者が興味のある催しに顔を出すコンベンションが多い。 日本ではイベントの開催に社会的な制約はないが、性的な表現への強い規制や同性愛嫌悪、女性の性的欲望と行動に制限のある国の場合、イベントの開催は容易ではない。 フィクションの中の腐女子 [ ] 腐女子が登場する漫画や小説もある。 相田美穂は、腐女子キャラクターが登場するもっとも古い商業漫画作品は、確認できた限りではの四コマ漫画『』(1999年連載開始)1巻(2002年8月発行)であると述べている。 なお本作の主人公は、非オタクのイケメン大学生の彼氏持ちであり、彼氏に対して「カミングアウト」はしていない。 2000年に連載が始まった『』(1巻:2002年1月発行)には、美人だが「超ハードコアなやおい同人作家」な先輩など複数の腐女子が登場する。 2006年頃から、『』のようにオタク男性と腐女子の彼女という関係を描く作品が現れており、2008年以降描かれる腐女子のキャラクターは多様化している。 児童ポルノ取り締まり・規制との関連 [ ] やおい・BLジャンルのグローバル化で、過激な性描写、未成年に見えるようなキャラクターの性描写、現実社会での性犯罪との関連などに関し、各国で問題視し規制する動きも一部で出てきている。 世界的に取り締まりの機運が高まる中で、やおい・BL規制問題もこの構図に取り込まれている。 フィクションの未成年であっても、現実世界で規制された行為を行うと読者の間違った性認識が強化されるという考えから、現実の未成年だけでなくアニメ、コミック、ゲームの未成年の登場人物にまで規制の対象を広げようとする事例がある。 2008年のオーストラリアのニューサウスウェールズ州のマキュアン事件では、アニメ『』のエロティックな画像所持に「人物という解釈にはフィクションの人物も含まれる」として有罪判決が出ている。 同年日本では、大阪府ので、ボーイズラブ小説が収蔵・貸出されていることを非難する「市民の声」によって廃棄が要求され、ボーイズラブとされた5500冊の本が開架から除去される事件が起きた(参考・)。 中国では2010年に鄭州市で大々的な取り締まりがあり、ウェブ上でやおい・BLまたは作品を公開していた32人が逮捕されており、そのほとんどが20代の腐女子だった。 同年日本では、「18歳未満のフィクションのキャラクター(非実在青少年)の性描写」を大きく規制する改正案が発表され、大きな波紋を呼び、一度は否決されたが、「違法な性的行為や近親相姦の描写」に対する規制へと修正された上で可決され、不健全指定された書籍が撤去されるなどの事実上の検閲が行われている。 この条例の危険性はを通してオタク・腐女子の間でも知られるようになり、プロ作家など一部の腐女子がロビイング活動など反対運動を行った。 BL作家の水戸泉は「『プロ』は自らの問題として『官憲によって表現を規制されること』と対峙すべきです」と述べている。 日本での非実在青少年問題には、過剰なを掲げる団体による政治への圧力も指摘されている。 2019年現在では、 によって毎月指定されるの大半はBL作品となっている。 指定された作品は都内で青少年向けに販売できなくなるほか、における販売が停止される(不健全指定された書籍のタイトルなどは東京都のウェブサイト上ので確認できる)。 やおい・BL規制研究の第一人者であるオーストラリアの研究者マーク・マクレランドは、腐女子のファン活動と実際の児童ポルノ犯罪の関連は全く検証されていないと述べている。 研究分析 [ ] 日本では1990年代のやおい・BL文化の拡大と共に研究が始まった。 初期は精神分析学を基本とした言説が中心で、「なぜ女性が男性同性愛を描いた作品を読むのか」が議論されてきた。 や論の観点から語られることも多かった。 こうした精神分析的な研究に対する疑念や研究の新しい展望が探求されるようになり、近年では「どのようにやおい・BLジャンルを楽しむか」に研究の焦点が移っている。 研究の中心はファン研究が占めるようになり、多様化する腐女子・腐男子によってどのようにやおい・BLが受容され、使用されているのかを論じることで、研究は活発化している。 日本では評論・解説書の出版は盛んになっており、2006年ごろから2000年代末にかけてボーイズラブの包括的解説書の出版が増えた。 2015年にはBL評論本の出版ブームが起きている。 海外のやおい・BLジャンルの研究でも、ファン活動、ファンとしてのアイデンティティの構築、ファン・コミュニティの構成などが研究されている。 日本では、やおい・BLファンの大半が「異性愛者の女性」であるというのが通説であるが、近年は腐男子など異性愛女性以外のやおい・BLファンの研究も進んでいる。 2015年時点では、日本の研究者が海外の研究を参照し、海外の状況を把握したうえで論を多文化的に展開することは非常に少なく、日本と海外の研究者の間での越境対話はあまりなされていない。 レジスタンス性 [ ] 石田美紀は、日本で1970年代に少女マンガ・文学の場に現れた女性による女性のための男性同志の性愛物語は、男性身体への性的な関心を積極的に肯定する点でそれまでの女性文化とは一線を画しており、少女たちのこうした関心の根底には「わたしには何ができるだろうか」という問いかけと、「わたしにも何かできるはずだ」という信念があったと指摘している。 この信念ゆえに、80年代に新しい文化になっていったのだという。 やおい・BLファンの活動には、伝統的な規範を脱構築すると評価されるものもある。 フィリピンではやおい・BL文化に関わるのは、日本語や英語を使いこなしネットを日常的に使用できるある種の文化的エリート層であるが、フィリピンのBLコンベンション Light Out(現在Blushに改名)には明らかなエリート主義が見られ、啓蒙的な側面がある。 活動の中心に同性愛問題や異性愛を超えたセクシュアリティーの可能性の希求があり、活動にはゲイの参加者も多い。 ゲイ解放運動に興味があり、同性婚に賛同する人も多く、やおい・BLと現実社会でのゲイ問題が関連付けて考えられている。 また中国では、やおい・BLの存在・拡大が、中国人女性のレジスタンスの手段であるとも分析されている。 中国のやおい・BL同人作品では、伝統的儒教思想に基づくヒエラルキーの概念や現在の共産党支配が掲げる理想社会から逸脱した人間関係、やおい・BL規制への間接的批判、ゲイ解放を促す内容なども様々なやり方で描かれている。 中国では規制に対抗するために、中国のサーバから海外のサーバにサイトを移動する腐女子もいる。 韓国の腐女子は、儒教の影響が大きい韓国では、女性が性的主体としてのアイデンティティを確立できるような媒体が少ないと述べており、やおい・BLジャンルにはそれを打破する可能性があるとも考えられている。 精神分析的な研究 [ ] この節には、過剰にが含まれているおそれがあります。 内容の増大は歓迎されません。 をで検討しています。 ( 2016年7月) 長池一美は、初期の研究は主にフェミニズムやジェンダー研究の枠組みで、「女性が男性同性愛の関係性に自らの女性性をどのように反映できるのかを意識し、いわゆる『女性』と『女性性』の再発見に焦点を当ててきたといえる」と述べている。 こうした研究を通して、次のような議論が開かれてきた。 女性性の否定(もしくは女性性からの逃避)• 女性特有のガイネーシス 的なナラティブ(物語、語り)であることの強調• 精神分析の議論に触発された「なぜ」に対する女性の深層心理 なぜ腐女子になるのか、なぜやおい・BLジャンルが成立するのかという理論は様々であり、1人の論者が複数の説を挙げていることも少なくない。 1990年代に起こったゲイサイドからのやおい・BL批判「やおい論争」(参照・)と2000年代位の研究を通して、やや排他的であったフェミニズム的な力学が脱構築され始めている。 以下に、精神分析的な研究の見解を数例示す。 異性愛の安全な は、やおいを愛好する女性が(女性的役割を担っている)「受け」のキャラクターに感情移入する場合について、それによって自己の安全性が確保されるのだとしている。 つまり、自己の身体の代替として受けの男性キャラクターの身体を利用することによって、自分自身は傷つかず妊娠する危険もないという安全性を手にした上で擬似的な性行為を楽しむことができるのだという。 ただし、榎本ナリコはやおいを愛好する女性はしばしば「受け」のキャラクターだけではなく(男性的役割を担っている)「攻め」のキャラクターにも感情移入していることを指摘しており、その場合については後述の「欲望の主体性の獲得」による説明を行っている。 谷川たまゑは、やおい愛好家の女性には結婚後も同様の趣味を続けるものも存在することなどから、異性愛を前もってシミュレートすることがやおい系作品を享受する目的だとする解釈は、実態から乖離した主張だと批判している。 女性性の否定・ 少女はを経ると自らの身体の女性性を自覚してそれに戸惑い・恐怖を覚え、女性嫌悪が内面化されるという形で男性同性愛の作品を好むようになるという説明。 たとえば、の らがこういったの趣旨のことを述べており、社会学者の も一部で触れている。 本人もやおいを手がけるも社会からの選別のまなざしの無い空間へ逃避するできることがやおいが好まれる理由だとしている。 は、女性が「受け」のキャラクターに感情移入する背景には女性である自分が性的な欲望を抱くことや性行為そのものへの嫌悪感があり、そのために女性として身体のまま性的な妄想に浸ることに抵抗を覚え、自身を男性にすりかえる必要性が生じると説明し 、女性が排除されたやおいの世界では、現実では女性が常に感じてしまう「ウーマンヘイト」から無縁でいられるということを指摘している。 『』『』のように、男性同性愛を描いた少女漫画の内容でも女性が嫌悪の対象として描かれている。 また、やおい愛好家の女性が抱える「女性性に対する葛藤」は、しばしばの女性が抱えるの同様の「女性性に対する葛藤」であるとも指摘され、本格的なやおい論の嚆矢とされる中島梓の『コミュニケーション不全症候群』でもやおいとの双方が論じられている。 女性性が自覚されるはちょうど拒食症の発祥時期と一致し、少女漫画の作品内で拒食症が取り上げられたり 、漫画家自身がその体験を持っていることがしばしばある。 社会的にも、やおいが浸透した時期と摂食障害が注目された時期は1970年代後半と一致しており、社会学者のは「摂食障害になりかねない女性たちのセーフティ・ネット」としてやおい文化が機能した可能性を指摘している。 一方、は、男性キャラクターを女性キャラクターの置きかえて描く「女の子ネタ」というジャンルが定着していることからやおい文化で女性性が否定されているわけではなく、むしろ男性性のほうが排除される傾向にあると述べている。 男性からの性的視線の遮断 男性からの性的視線の遮断という面があり、この観点からは、ヤマンバとも共通点があるという意見もある。 性的欲望・視線の主体性の獲得 上野千鶴子 は、花の24年組と呼ばれた世代の女性漫画家らのが生んだ、ジェンダーレス・ワールドにおける性愛の実験だと述べている。 によれば、思春期の少年向けの漫画には性的欲求を肯定するようなメッセージが暗に含まれていることが多いが、通常の少女向けのメディアでは同様のものは存在せず、少年と同じく多感な時期にもかかわらず性的欲望を持つこと自体が抑圧されているとした上で、男性同性愛という回路を経由して異性愛的な性的欲望の方向性を隠蔽しながら充足するための装置としてやおいが機能していると述べている。 榎本ナリコは、読者が「攻め」のキャラクターに感情移入している場合を念頭において次のように論じている。 通常の男女の性愛では、両者の生殖器の生物学的な構造上から、男性側が欲望の主体で女性側が客体となることが事実上義務付けられている。 しかし、現実世界では欲望の主体性になれない女性であっても、やおい系作品の攻めの男性キャラクターに感情移入しているときは、擬似的に欲望の主体となることができる。 つまり、(やおい愛好家の多くは異性愛者なので)男性を性的欲望の対象としながら、なおかつ自分自身が欲望の主体性を獲得するための方法として男性同士の同性愛関係が必要となるのである。 は、前述の女性嫌悪によるやおい解釈に対して、やおい表現において回避されているのは女性性ではなく女性を性的対象としてのみ見る視線であり、やおいによってまなざす主体性(性的欲望を持つ主体性)を獲得することができるとしている。 漫画研究家のも、やおい表現に「犯る側の視線」「見る側の視線」の獲得という意義を見出しており 、高橋すみれも前述したようにやおい系作品では女性キャラクターがまなざす主体として描かれていることがあることから女性が性的視線の主体性を獲得できるとしている。 は、さらに普段男性から受けている値踏みの視線をやおい・ボーイズラブという形で女性が男性へまなざし返しているとし、このことを男性が知ることが、普段無意識に女性に対して値踏みの視線をおくっていることへの自覚や女性の欲望に対する理解を促すとも述べている。 旧来的なジェンダー観の転覆 は、少年向けの創作物を女性が好む形に強引に改造するやおい的欲望を、男性優位社会の中で抑圧された「ガイネーシス(女性状無意識)」を噴出させるものだと捉えた。 また、それは同人文化の発展には印刷技術のハイテク化がかかわっていることからテクノロジーの問題と交錯したものだとして「テクノガイネーシス」の一種であると述べている。 社会学者のはやおい文化を男性中心的なメディアを転倒するものだと捉えており 、社会学者のは旧来的なジェンダー秩序を「転倒というより転覆」させるものだとしている。 このほか、永久保陽子は男性向けポルノグラフィが豊富に存在するのに対し女性向けのそれは存在しておらず、女性が性愛表現を奪還しようと邁進(まいしん)してきた成果がやおいとしている。 の可能性 作家のは、その著書『やおい幻論』で、「やおいになるのは、その作者・読者がFtM(肉体は女性であるが精神は男性である状態)でかつ(同性愛、もしくは両性愛)だからではないか」という説を提唱し、また自身もFtMゲイかもしれないと発言している。 異性愛の失望体験の回避 は、物語の中で男女の性愛が描かれてしまうと、それによって自身の恋愛における失望体験を想起してしまうため、それを防いで純粋な妄想に浸るには男性同士の同性愛を描く必要があるのだと述べている。 ホモソーシャルに対する潜在的羨望 は、の部活のを志望する女子生徒や、個人単位ではなくコンビやユニット単位でファンになる女性の男性アイドルファンの存在などから、女性は(女性の間では同様のものがあまり見られない)男性のホモソーシャル的な絆に潜在的な憧れを抱いている場合があり、その欲望や表出した結果としてやおいがある可能性を示している。 女性版ホモソーシャル のは、腐女子が形成するコミュニティを女性版のと解釈できるとしている。 ホモソーシャルとは文学研究者・社会学者のが論じた概念で、男性同士で友情をはじめとする社会的なつながりが形成されてその間で女性は貨幣のように交換されるという構造を持ち、(同性愛嫌悪)と(女性嫌悪)という2つの特徴がある。 腐女子のコミュニティでは、通常のホモソーシャルの枠組みにおいて女性が貨幣として交換されていたかわりに、物語の中の男性が欲望の対象として女性同士の間で交換される。 (通常の男性の)ホモソーシャルにおける女性嫌悪についても、これを異性嫌悪と読み替えれば、(物語の中ではなく現実の)男性に対する嫌悪として腐女子のコミュニティに間に存在している(やおい系の同人雑即売会で男性の入場が禁止される例など、現実の男性を排除する傾向がある)。 他方、同性愛嫌悪の傾向は腐女子のコミュニティにはあまり見受けられず、東園子はむしろ女性同士の絆を維持するための異性愛嫌悪の傾向の方が強いとしている。 これは、通常の女性のコミュニティでは異性に関心を持つことが暗黙のうちに義務付けられている面があるため、そういった抑圧をキャンセルする場として腐女子のコミュニティが機能しているとみることができる。 のは、腐女子のコミュニティにおける女性同士の連帯感を「シスター・フッド」(英:)や「 セパレート・レズビアン [ ]」と類似するものだと指摘している。 関係志向の女性と所有志向の男性の差 やおい的欲望は男性オタクにみられる単一の対象に対するものではなく「受け」と「攻め」の関係性に対する欲望となっているという意見もあり、は「位相萌え」と呼んでいる。 は、一般に男性は「所有(持ちたい)」を志向して女性は「関係(なりたい)」を志向するというジェンダー傾向があるという前提に基づき、なんの制約もなく自由に自分の欲望を追求できるはずの「オタク」という文化圏の中において消費の仕方に男女差が歴然と存在することについて、男性オタクは美少女キャラクターを「所有」しようとし、女性オタク(腐女子)の欲望は男性キャラクター同士の「関係」に向かうという形で説明できるとしている。 分析への当事者の拒否感 [ ] 1970年代の少女マンガにおけるものが誕生し注目を集めた時から、「彼女たちはなぜこうした物語を好むのか」という疑問も生まれ、以後当事者に向けて連綿と問いかけられている。 によれば、この問いへの拒否感にはやおい・ボーイズラブにとしての側面があることが関係しているという。 男性の場合、若年者向けのものを含む多くのメディアで男性の性的欲望を肯定するようなメッセージが流布している社会的状況があるが、女性の場合は性的欲望を持つことを自認することすら抑圧されており、欲望の対象を事細かに分析されることには耐えられないのだと考えられる。 BL作家の水戸泉は、同人が広く知られ、多くの作家が同人経由でプロデビューする昨今でも腐女子が隠れていたいと願うのは、「性的主体としての自分の存在を隠したい、好奇の視線にさらされたくないという保身」であり、保身そのものは決して否定されるべきではないと述べている。 世間から隠れていたいという思い、同じ腐女子からの同調圧力から、マスコミの取材に応じる腐女子は少ない。 石田美紀は「彼女たちはなぜこうした物語を好むのか」という疑問は「実に居心地の悪いものである。 質問者に悪気がないときほど、居たたまれない。 なぜなら、それが口に出されることじたいが、やおい・BLとその支持者が問題視されている証であるし、またその問いに真剣に答えようとすればするほど、モテるのかどうか、恋人がいるかどうか、性的経験はどのようなものか・・・というあけすけな問いを果てしなく呼び起こしてしまうからだ。 」と述べている。 この問いかけには回答者に全人格をさらけ出すことを求めるような不思議な強制力があり、腐女子自身も問いそのものを内面化してしまい、何とか答えようと焦り、答えに詰まった時は「ほっといてください」と開き直る。 やおい・BLジャンルが腐女子の実存に関わる一方、パラレルな存在と言っていい「男性向け魔法少女もの」の愛好者の男性たちは、腐女子を苛む状況から全く自由で、なぜこうした作品を好むのか問われたり、自問したり、自身の実存について考えることはほとんどない。 この差異は世間における男女の立場の違いから生じる。 近年では、腐女子の実存をほじくるのではなく、豊かな表現領域としてやおい・BL作品をただ論じることも増えている。 は、やおい分析が当事者から嫌われる理由として、一般に女性の欲望は(のいう)「他者の享楽」であり、それは言語による理解を超越しているため経験することができても語ることはできないということが関係しているかもしれないと推測している。 はこのような腐女子たちの態度を「一時的な自律ゾーニングの営み」と評価し、やおい表現がゲイ男性の表象を横奪している可能性についての議論を無化するものとして批判している。 腐女子が主に使用する用語 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2011年7月) 商業オリジナル作品・パロディやおい(二次創作)の両方で使われる用語、パロディやおいで使われる用語がある。 一部はオタク用語と共通しているが、意味が異なるものもある。 短期間で使われなくなる言葉もあり、下記の言葉の全てが現役の用語ではない。 原作 同人の元になる作品。 ジャンルとも。 多くの男性キャラがいる作品では、腐女子の嗜好によって様々な組み合わせや解釈を行うことができる(近年は腐女子がオタク商品の主要購買層となりつつあり、少年漫画など女性向けでない作品でも腐女子人気を狙った設定や描写が増えてきているが、これには反発もある )。 腐向け 腐女子・腐男子向けの意味。 男性同士の恋愛要素のある作品に、そういったものを好まない人に注意を促すゾーニング用の注意書きという側面もある。 /カプ/CP 恋愛関係にあるとされる攻めと受けの組み合わせのこと。 詳しくはの項目を参照。 王道 あるジャンルで人気のカップリングのこと。 あるカップリングの逆のカップリング。 邪道/邪道カプ 合わないと思うカップリングのこと。 カップリングは人によって好みが違うため衝突が起きることがあり、カップリング論争(カプ論争)と呼ばれる。 リバーシブル 受けと攻めの役割分担がその時々で変わること。 受けが攻めになることを下克上という。 サンド 受けが二人の攻めから愛されている状態。 スパダリ スーパーダーリンの略。 非の打ちどころのないハイスペックな男性キャラクターに使う。 セコム 受けを守る強い攻め、またはあるキャラを守る嫉妬深い、または保護者的なキャラクター。 鬼畜 主に攻めが受けに対し辛辣な言葉を吐いたり、時に人道的とは言いがたい行為を強制しているもの。 18禁/15禁 成人向けの性的表現がある作品を18禁、ある程度の性的表現や残酷な表現がある作品を15禁などと通称する。 これらは映画やゲームなどの業界団体が使用する用語を言葉のみ模倣したもので、もとより明確な判断基準や拘束力があるわけではない。 㚻(き、けい、け) 男色。 男子が男子に淫すること。 やおい穴 腐女子が性行為を描く際、女性器の位置に男性の体には存在しないはずの性器挿入用の穴が描かれることがあり、「やおい穴」「腐女子穴」「謎穴」などと称される。 これは本来男性同士では不可能な体位である正常位での性交を描写するために用いられる。 やおい穴は「男性の身体に関する腐女子(またはやおい・ボーイズラブ作家)の知識の欠如」を端的に表しているのだとする意見もある。 これに対して・は、女性にも肛門はあるのだから男性身体の特性を理解していないのではなく虚構の物語の中でのリアリティを追求した結果であり、男性向けのエロ漫画における非現実的なほどの巨乳の女性の描写と似たようなものであると反論している。 人間以外のものを人型のキャラクターにしたもの。 動物、モンスターなどの人外キャラクターを人型にしたものが主だが、中には電車や建造物等の無機物、国や都道府県といった歴史や概念の擬人化もある。 二次創作で、受け(まれに攻め)となる男性キャラクターを性転換したもの。 よって、ほとんどの場合カップリングは男女になる。 もともと女性キャラとして物語を書き換える二次創作や、男性だが何らかの理由で女性になってしまったという場合もある。 多くはないが、女性キャラクターを男性にする男体化もある。 オメガバース もともとは海外で発生したスラッシュ、やおい・BLジャンルの特殊設定で、日本でも広く普及した。 基本設定以外は書き手によって自由。 受け(まれに攻め)となるキャラクター・人物が女装したもの。 やおい 男女関わりなく、友情以上の特別なものを感じさせる関係性。 孤高と連帯が特徴。 健全 性的描写が無いものや、アブノーマルカップリング(やおい・・など)を扱っていない作品のこと。 個人の主観によって健全と非健全の定義は異なる。 /ナマ 芸能人など実在の人物をやおいにすること。 雑食 同時に多くのカップリングやジャンルを好むこと。 よろず 同時に多くのジャンルを扱う同人サイトやのこと。 オタクと同じく、多くの腐女子が頻繁に使う。 主な対象はキャラクター・人物、攻めと受けの関係性、作品など。 燃え 少年漫画などを好む腐女子が、原作を純粋に楽しい・面白いと思った時などに使う。 腐女子の萌えの一番の燃料であり、原作・公式・キャラクターへの愛を構成する重要な要素とされている。 聖域 特別な思い入れがあり、やおい萌えにより「汚し」たくないジャンルやキャラクター・人物のこと。 沼 あるジャンルにハマって、精神的にも金銭的にも抜け出せない様子。 わかっていてもやめられないという畏敬と危険を併せ持つイメージの言葉。 この意味で2013年ぐらいから使われるようになり、2014年に広く普及したようである。 尊い 好きなキャラクターに対する最大級の賛辞として2014年ごろに使われるようになった。 本来の「尊い」とは異なる用法。 支部 pixivのこと。 privatter(ぷらいべったー) Twitterのアカウントを使ってフォロワーにだけ文章や画像を公開できるツール。 ヤオラー やおいが好きな者。 腐女子、腐男子とほぼ同義。 現在は使われていない。 隠れ腐女子 やおいが好きなことや、同人活動を行なっていることを周囲の人間に秘密にしている者のこと。 アラブもの 攻めがアラブの大富豪というBL小説のジャンル。 のジャンルに由来する。 任侠もの 攻めがヤクザ、またはヤクザの世界を舞台にしたジャンル。 花嫁もの 受けが特殊な事情で男であることを隠し花嫁になるというジャンル。 職業BL 職場を舞台にした、または攻め・受けの仕事を通して作品内で特定の職業が詳しく描かれるBL。 上質な暮らしBL 少し前まで主流だった派手で豪華な生活ではなく、落ち着きのある文化的な生活を描いた日常系のBLのこと。 2015年にTwitterで話題になった。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 漫画『』の著者ぢゅん子は、腐女子の主人公について「もっとも主人公になりたくない人物」と語っている。 ブログに掲載された情報によると筆者は30代男性で、「最近, ネット上の某掲示版で腐女子(たぶん[ふじょし]と読む)の見習いをしている. 腐れた女子という意味で, まあ女子になることはできないが, この 腐れという言葉が面白い. 」と書かれている。 熱狂的・狂信的な声優ファンは声豚という蔑称で呼ばれることもある。 10歳以下 353票 7. この不健全指定のほとんどは、上述した2010年の条例改正で導入された新基準ではなく、「著しく性的感情を刺激するもの」という旧基準(1964年の条例制定当時からある基準)に基づいて指定されている。 「ガイネーシス」はの発案した概念で、女性を主体としたコンテクストを表現したものを意味する。 」と述べている。 例えばの漫画『ダイエット』など。 出典 [ ]• 山根千尋 「 1998年 富山大学• 』 青土社、2012年• 5〉特集・社会の批評』 、2010年、271頁(注釈1)。。 「二〇〇七年のBL界をめぐって そして"腐女子"とは誰か」『ユリイカ』 2007年12月臨時増刊号、21頁。 「極私的「やおい」閑談R」『』 2007年12月臨時増刊号、77頁。 ・・・ 「二〇〇七年のBL界をめぐって そして"腐女子"とは誰か」『ユリイカ』 2007年12月臨時増刊号、24頁。 人文学部編(24), 61-81, 2014-03 福岡女学院大学• 『ギャルと不思議ちゃん論: 女の子たちの三十年戦争』 、2012年、279頁。。 nijimen. にじめん. 2020年2月22日閲覧。 西村マリ [ ] ボーイズラブは楽しい! messy• 「腐女子とはだれか? サブカルのジェンダー分析のための覚え書き」『ユリイカ』 2007年6月臨時増刊号、34頁。 『オタク女子研究 腐女子思想大系』208頁。 三崎尚人 同人誌生活文化総合研究所• 「ヤオイ・イズ・アライブ わかりたいあなたのための、やおいマンガ・マップ」『ユリイカ』 2006年1月号、176頁。 「「オタク喪男」とボーイズラブ 801ちゃんと一緒に」『ユリイカ』 2007年12月臨時増刊号、136頁。 金田淳子・永久保陽子「BLの浸透と拡散をめぐって」『詩と批評 ユリイカ 特集 BL オン・ザ・ラン! 』 青土社、2012年• ダ・ヴィンチニュース• 「妄想力のポテンシャル レズビアン・フェミニスト・ジャンルとしてのヤオイ」『ユリイカ』2007年6月臨時増刊号、59頁。 『関係する女 所有する男』 、2009年、149-150頁。。 「解釈共同体のポリティクス」『文化の社会学』、2007年、167頁・185頁。。 「数字で見る腐女子」『ユリイカ』 2007年12月臨時増刊号、129頁。 「数字で見る腐女子」『ユリイカ』 2007年12月臨時増刊号、125-126頁。 16、116 125頁、2014• エキサイトニュース 2019年4月3日• 169頁。 245-248頁。 68頁。 42-43頁。 191-192頁。 246-248頁。 258-260頁。 129頁。 144頁。 139-140頁。 146頁。 79頁。 131頁・175-176頁。 「腐女子とはだれか? サブカルのジェンダー分析のための覚え書き」『ユリイカ』 2007年6月臨時増刊号、34-35頁。 144-145頁。 248-252頁。 177頁。 144頁。 33-34頁。 110頁。 252-255頁。 195頁。 243-244頁。 325頁。 145-146頁など。 217-218頁。 274-276頁。 5〉特集・社会の批評』264-270頁。 「概論2 同人誌をめぐる考察」『耽美小説・ゲイ文学ブックガイド』 、1993年、338頁。。 70頁。 137頁・155頁など。 145頁。 206-207頁。 114-120頁。 「青少年漫画から見る「やおい」」『ユリイカ』2007年6月臨時増刊号、69-70頁。 BLサイト ちるちる 参考文献 [ ]• 大城房美『女性マンガ研究 欧米・日本・アジアをつなぐMANGA』、、2015年。 長池一美「グローバル化するBL研究 日本BL研究からトランスナショナルBL研究へ」。 トリシア・アビゲイル・サントス・フェルミン「女性の快楽のためのコミュニティを作り出すーフィリピンでのやおい・BLコンベンションを事例として」。 『 特集 BL オン・ザ・ラン! 』、青土社、2012年。 石田美紀「成熟と自由 遠い隣人から見るやおい・BLの現在」。 水戸泉「腐女子が声を上げるとき」。 『中学生からの愛の授業』、2010年。 斎藤環『関係する女 所有する男』、2009年。 大城房美『よしながふみ対談集 あのひととここだけのおしゃべり』、、2007年。 『少女マンガにおけるホモセクシュアリティ』、2007年。 金田淳子「解釈共同体のポリティクス」『文化の社会学』、2007年。 (b)• 『ユリイカ 総特集・腐女子マンガ体系』2007年6月臨時増刊号、青土社、2007年6月、。 「男もすなるボーイズラブ」。 (a)• 、「新世紀オタク清談 第23回 腐女子論に挑む! 」『創』2006年8月号、創出版、月刊版、2006年。 「ヤオイ・イズ・アライブ わかりたいあなたのための、やおいマンガ・マップ」『ユリイカ』2006年1月号、青土社、2006年1月、。 『男らしさという病? 斎藤環「「萌え」の象徴的身文」。 (a)• 『アニパロとヤオイ』、2001年。 単行本は1998年出版。 『私の居場所はどこにあるの? 『女の人生すごろく』筑摩書房、1990年。 関連項目 [ ]•

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