おおきな き が ほしい。 楽天ブックス: おおきなきがほしい

おおきな きが ほしい【みんなの声・レビュー】

おおきな き が ほしい

今日はの命日で国際的には図書・の日らしい。 私が一番好きな本は「おおきな きが ほしい」なので、今夜はこれを娘さんに読み聞かせてみた。 何年たっても四季折々の季節の中で描かれるかおるの小屋の描写が細かくてワクワクする。 読みながらページをめくるたびに隣で娘がグッと身を乗り出すのが分かる。 ストーリーは主人のかおるが大きな木の上に自分の小屋をたてる空想を語って、最後は庭に自分の背丈くらいの木を植える絵で終わっている。 読み終わったとたん娘が「かおるはホンマに小屋をつくってんなぁ」と言う? 「え、木を植えるところで終わってるやん?なんで分かるん?」と聞くと 「そら分かるわ」と表紙の絵を改めて見せてくれる。 だから表紙の絵は 「ほんとうの話」なのだと言う。 それを聞きながら娘が保育園のころに保育士の先生に聞いた話を思い出した。 子どもの吸収する力はすごいから小学校にあがる前に早く字を教えたくなる親の気持ちは分かる。 でも、字を知ってしまうとどうしてもそっちに興味がそがれて絵を純粋に楽しめなくなる。 お話を 耳で聞きながら絵をじっくり楽しめる貴重な数年を親が奪ってしまうのはもったいない。 今や小学2年生のうちの娘さんは新学期になっても、自宅にいる間にやるようにと学校から出された課題はほとんどやらず、書く文字もかなり怪しい。 でも実は「貴重な時間」を延長してるだけなのかもなぁと在宅勤務で放置気味の自分を正当化してみる。 まぁとにかく数年ぶりにページを開いても一番好きなのは夏の小屋でかおるがホットケーキを焼く絵でした。 これを読むたびに私も保育園でホットケーキが食べたくなったなぁ。。。 tototomoton.

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おおきな き が ほしい

あらすじ [編集 ] の男の子「かおる」は、大きな木が家にあるといいなと思った。 その理由は、 大きくて高い高い木に上りたいためだった。 そこで、大きな木を作っている様子をかおるは想像している。 かおるが想像している大きな木を描く。 登場人物 [編集 ]• かおる この絵本の主人公。 大きな木が欲しいと思った。 かよちゃん かおるの妹。 お母さん かおるの母親。 子供の時、木登りをしたことがある。 お父さん かおるの父親。 日曜日、かおると一緒に木を植えた。 関連項目 [編集 ]• 外部リンク [編集 ]• この項目は、 に関連した 書きかけの項目です。 この項目を加筆・訂正などしてくださる(/Portal:文学)。

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おおきな木

おおきな き が ほしい

この項目では、シェル・シルヴァスタインの絵本について説明しています。 との絵本については「」をご覧ください。 おおきな木(原題: The Giving Tree)は作の。 にアメリカ合衆国で出版され、好評だったためにに翻訳された。 英語の教科書に載ったこともある。 物語 [ ] リンゴの木と少年は友達であった。 ともに遊び、心を通わせていた。 しかし少年は大人になってゆきお金が必要になる。 木は「私の果実を売りなさい」と言う。 少年は果実をすべて持っていった。 しばらくして、大人になったその子は家が必要になる。 木は「私の枝で家を建てなさい」と言う。 その子は枝をすべて持っていった。 また時が経ち、男は「悲しいので遠くへ行きたい」と言う。 木は「私の幹で舟を作りなさい」と言う。 男は幹を持っていった。 時が経ち、男は年老いて帰ってきた。 そして「疲れたので休む場所がほしい」と言う。 木は「切り株の私に腰をかけなさい」と言う。 男は腰をかけた。 木は幸せであった。 訳者による解釈の違い [ ] 本田錦一郎の訳では作中の一箇所に「だけど それは ほんとかな。 」と入る。 その文は原作では「but not really」であるが、村上春樹の訳では「幸せに・・・なんてなれませんよね」となっている。 本田錦一郎はあとがきにおいて、の著書『』の文「愛とは第一に与えることであって、受けることではない」を引用し『おおきな木』にも通じていると述べた。 「与えることに犠牲を見てはならない」とも述べている。 参考文献 [ ]• 『おおきな木』 シェル・シルヴァスタイン 翻訳:本田錦一郎 1976年• 『おおきな木』 シェル・シルヴァスタイン 翻訳: 2010年.

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