島倉 千代子 東京 だ ョ おっ 母さん。 島倉千代子「東京だョおっ母さん」の楽曲ページ|10802400|レコチョク

東京だョおっ母さん

島倉 千代子 東京 だ ョ おっ 母さん

以下、で、佐藤守さん(軍事評論家で、元航空自衛隊 南西航空混成団指令で空将でいらした方)が、島倉さんの訃報を受け、お話しされた内容の要旨です。 【お千代さんは航空自衛隊の大変なファンになって下さって、隊員と家族らを慰労したいということで、全国を慰労公演して下さった。 私(佐藤さん)が三沢基地の司令をしていた時、一度お出でになった。 そのあと松島基地司令の時にまた来て下さって、町の方々と一緒になって慰労して下さってね。 松島の公演は急きょ決まったことだった。 「私、ブルーインパルスを一度も見たことない」と言われ、ちょうど午後の訓練があったので、それで来て下さった。 有名な俳優・女優さんは(自衛隊を)軽視なさるが、お千代さんは一切そういうのなく、 「御国のためにやっておられる方を喜んで応援します」と。 大変クレバーでハートの優しい方だった。 例えば、歌と歌の間に、「町の方もお出でですか?どちらから?…ああ、そうですか。 いつもいつもご迷惑をおかけしまして(笑)」と言われる。 すると町の方々がわーっと笑うわけ。 そしたら 「基地司令になりかわって、お詫びを申し上げます。 でも今後とも宜しく支えて下さい」と、こういう話をなさる。 さりげなく言われる。 それが実に自然でね、もう隊員も町の人も大歓迎。 ブルーインパルスなど派手なところだけでなく、 給養小隊とか消防小隊とか(縁の下の力持ちの部隊)にも温かい声をかけて下さった。 女性技官とか一生懸命ご飯つくってる隊員たちがもうニコニコして出てきて、お千代さんは全然嫌がらず真ん中に立って、記念撮影をして下さった。 】 なお、聞き手の井上和彦さんからもエピソードがひとつ明かされました。 それは、島倉さんが硫黄島に行かれた時のこと。 マネージャーさんがパッと水を飲もうとしたら、島倉さんはそれを叱責なさったそうです。 「あなた何やってるの。 ここで水も飲めずに亡くなっていった方々がいらっしゃるのに」と。 いずれも私は初めて聞く話で、いたく感動してしまいました。 あとで佐藤守さんのブログを拝見したら、島倉さんが各基地を慰問公演された際のご様子、それにお写真もUPされていました。 興味を持たれた方は是非ご訪問下さい。 島倉さんの有名なヒット曲について重大な問題提起がされています。 (佐藤さんは上記ブログ記事でもこのことに触れておられます) 【基地では全部歌って下さるんだけど、 外で歌えないのが「東京だョおっ母さん」の2番。 (靖國神社が出てくるので)NHKで2番はカットされると。 信じられなかったね。 歌っていうのは自由だし、国境も越える。 それなのに2番が軍国主義的だとね、九段坂とか、そういう歌詞が出てきただけでカットする精神が分からない。 でも 部隊に来られた時は、それを絶唱されて、隊員みんな泣くんだ。 僕も泣いちゃったよ、三沢で、もう涙が止まらなかった。 実に情感がこもっていて。 NHKでカットされることに対して、彼女は僕と個人的に話した時には、「なぜでしょうね」と。 それはたまらなかったと思う。 でも自衛隊に来られた時は、 九段のくだりでみんな、町のおばあさんたちが泣くんだよ。 NHKは歌詞をカットする権限があるのかな。 秘密保護法案で大騒ぎしてるけど、国民の知る権利だ、報道の自由だとおっしゃるんだったら、島倉千代子さんという大歌手のこの歌、ちゃんとやらせるのも自由でしょ? それを認めない、という資格がNHKにあるのか。 】 佐藤さんのお話に出てきた「東京だョおっ母さん」(作詞:野村俊夫、作曲:船村徹)、2番の歌詞はこうです。 やさしかった 兄さんが 田舎の話を 聞きたいと 桜の下で さぞかし待つだろ おっ母さん あれが あれが 九段坂 逢ったら泣くでしょ 兄さんも こちらにがあります。 セリフ付きです。 涙ぐまれる観客の様子も映っています。 この「2番カット問題」は産経新聞でも取り上げられました。 美空ひばりさんには「川の流れのように」、石原裕次郎さんには「我が人生に悔いなし」を。 そして島倉千代子さんは、亡くなる3日前に「奇跡の歌声」(南こうせつさん)で、「からたちの小径(こみち)」をレコーディングした。 島倉さんのヒット曲は数あれど、代表曲を1つだけ選ぶとすれば、「東京だョおっ母さん」(昭和32年)を挙げたい。 老いた母を故郷を出て久しい娘が東京見物させる、という野村俊夫さんの歌詞に、船村徹さんのメロディーがぴったりとあい、150万枚の大ヒットとなった。 だが、35回も出場したNHK紅白歌合戦で、島倉さんが「東京だョおっ母さん」を歌う機会はついぞこなかった。 この話は、先月19日付の産経抄でも書いているが、こんなに早くお千代さんが旅立ってしまうとは夢にも思わなかった。 なので、故人を偲(しの)び、いま一度詳しく書くことをお許し願いたい。 ではなぜ、NHKは、この曲を毛嫌いしたのだろうか。 関係者に聞くと、「やはり2番が引っかかったのでは」という。 歌詞は、1番で母娘が皇居前広場で記念写真を撮り、2番で戦死した「やさしかった兄さんが」待つ九段(靖国)に向かう。 この部分が、問題視されたと推測される。 推測なのは、今に至るまでNHKが明確な理由の説明をしていないためである。 さきの関係者は、「放送局はNHKだけじゃない。 民放でどんどん歌えばいいじゃないか」と彼女を慰めたという。 「東京だョおっ母さん」が発表されたのは、連合国軍総司令部(GHQ)による占領が終わってからわずか5年。 GHQは、治安維持と「戦争罪悪感」を日本人に植え付けるため、占領直後から民間情報教育局(CIE)と民間検閲局(CCD)を車の両輪として新聞、ラジオ、雑誌の検閲はいうに及ばず、電話の盗聴、手紙の開封を大々的に実施した。 GHQによる「洗脳工作」は、江藤淳氏が昭和の末期に「閉ざされた言語空間」を発表するまでタブー視され続けてきたが、今夏出版された山本武利氏の「GHQの検閲・諜報・宣伝工作」(岩波現代全書)でより詳しく工作の一端が明かされている。 ことに占領初期のラジオ放送は、GHQが定めた「ラジオ・コード」に従って一言一句にわたって厳しい検閲を受けたという。 音楽番組も「民主化」の先兵となり、「戦時歌謡」はすべて封印された。 靖国を連想させる「九段」という地名が入った曲も放送できなくなった。 検閲の記憶も生々しかったあのころ、担当者が条件反射的に2番を「放送できない」と判断した可能性は高い。 その呪縛は、ついにお千代さんが亡くなるまで解けなかった。 日曜の午後、NHKは追悼番組を放送するが、果たして2番は流れるのだろうか。 見えない「被占領意識」という黒い霧は、この国のメディアをいまだに覆っているようである。 外れて嬉しい予想です。 問題の2番を抜くこともありませんでした。 紅白で歌うことが出来なかった島倉さんも、草葉の陰で喜んでおられることでしょう。 島倉千代子という偉大な歌手の足跡を伝えるためには、絶対に欠かすことの出来ない歌だからNHKも放映せざるをえなかったのでしょう。 流したのはリサイタルのビデオでした。 コロンビアか、プロダクションから借りたのだと思います。 これがNHKが変わる前兆であってほしいものです。 世界に広めましょう! もよろしく。 日本語版のほか外国語版もあります。 コピーフリーです。 Comments よかったです。 本当に。 ご冥福をお祈りします。 この歌も、忘れないように。 島倉千代子さんの記事、感動しました。 素晴らしい方ですね。 寒くなりますので、どうかご自愛ください。 こんな連中が、「国民の知る権利がー」とか言ってるんだから苦笑いです。 世代がややずれるので題名くらいしか知らなかったのですが、「東京だョおっ母さん」、いい歌なんですね。 赤字の引用部分を読むだけで胸が熱くなります。 この2番の歌詞と、それを聞いて涙ぐむ聴衆の姿が、靖国神社が日本人にとってどういう意味を持つ場所なのかをよく示していると思います。 私の尊敬する歌手は、ジョン・レノンさんと美空ひばりさんと島倉千代子さんでした。 これで全員いなくなりました。 島倉さんの歌声はちょっと細身ですが歌唱力は相当なもので、素人にはまねのできない味わいがありました。 貞節な日本の女性を思わせる島倉千代子さん、ありがとうございました。 画像をカットせずに。 省く側は何の権限があって編集するのか。 本当はそんな権限など無いのに当然の様な顔をして。 怒っているブログが多い中、くっくりさんのブログはほっこりする話題が多くて本当にホッとします。 島倉さんが自衛隊の皆さんに慰問して下さっていたなんて全く知りませんでした。 有名な俳優・歌手の方は自衛隊を軽視されるって本当ですよね…。 私も東日本大震災の時にラブアンドピースのミュージシャンの皆さんが全員そっぽを向いたのに憤りを感じていました。 大物ミュージシャンで隊員を慰問し、「皆さんは日本の誇りです」と大きな声で言って下さったのは長淵剛さんだけでした。 私達の気持ちを代弁して下さったような気がして凄く嬉しく、感謝の気持ちで一杯でした。 九段のくだりを流さないなんて全く異常そのものです。 以前、チャンネル桜でディック・ミネさんが生前、「テレビでは徴兵で戦地に赴いたことを軍国主義の犠牲者だとか、否定的な事を言わないと仕事がもらえなくなるのだ」と告白した手紙を紹介していましたが、メディアの偽善は甚だしいものがあります。 百田尚樹さんが入って少しはまともになるでしょうかNHK…。 再放送を希望したいです。 「哀愁のからまつ林、十国峠の白い花、恋しているんだもん」など聞きますと高校生活がよみがえります。 昭和59年のころだと思います。 島倉さんのショーを観ました。 何もかかも素敵で魅力的な女性でした。 古いレコドーは宝物です。

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東京だョおっ母さん(セリフ入り)

島倉 千代子 東京 だ ョ おっ 母さん

BSテレ東では、6月12日(金)よる7時より「 武田鉄矢の昭和は輝いていた 語りが沁みる名曲2時間スペシャル」を放送いたします。 昭和の名曲の中には、語りがある曲もたくさん生まれています。 その心に沁みる語りに、思わず涙を流した人も多いはず。 ゲストに250万枚以上を売り上げる大ヒット曲「花街の母」をはじめ、語りがある曲が10曲以上あるという 金田たつえ、自身の曲だけでなく語りがある曲を幾つもカバーしているという 松原のぶえ、さらにおなじみ 合田道人の3人を迎え、歌手の視点から語りへの思いを披露。 さらに語りの曲と言えば海援隊の「母に捧げるバラード」!なぜほぼ語り調の曲にしたのか?武田鉄矢本人が大ヒット曲の誕生秘話を語ります。 セリフによって、ただの歌じゃなくてドラマに変わっていくことを思い知ったり、ふるさとや家族、恋人を思い出させてくれる作品があるということが、ものすごくよくわかったというか。 歌にはセリフもうんと必要なんだなということを思いました。 島倉千代子の母に語りかける演技力は素晴らしい。 そして、金田たつえさんの 大ヒット曲「花街の母」も彼女の母の人生が語りの部分に表現されている。 <番組内容> 昭和を彩った名曲の中から、多くの人の涙を誘う「語り」の入った曲にスポットを当てる。 「語り」が沁みる数々の曲はどのように生まれたのか。 戦前、語り入りの曲を先駆けて歌っていたのは、東海林太郎。 しかし当初、歌は歌手、語りの部分は役者が担うという手法で歌われていた。 番組では、そのセリフ回しがわかる東海林太郎の「軍国舞扇」を紹介する。 また、高峰三枝子が歌った「湖畔の宿」には、驚きの歴史的裏話が! また、昭和の歌姫、美空ひばりと島倉千代子が歌う、語りの名曲を特集!! 美空ひばりの「りんご追分」「哀愁波止場」「悲しい酒」、島倉千代子の「からたち日記」「すみだ川」「東京だョおっ母さん」、これらの「語り」が沁みる曲にはそれぞれある共通点があるという。 その共通点とは? さらにゲストの金田たつえが語る「花街の母」誕生秘話と、母に対する思い。 そして、武田鉄矢が明かす「母に捧げるバラード」に込められた母と息子のエピソード。

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島倉千代子 東京だョおっ母さん 歌詞

島倉 千代子 東京 だ ョ おっ 母さん

2013年11月16日 (【東京だョおっ母さん】は、何故〔紅白〕で唄われなかったのか?) ・島倉千代子さんの告別式は14日に青山斎場で執り行われ、17日(日)にはNHKで特集番組が放映されるという。 昭和の大歌手だったのだから、寂しさも一入(ひとしお)である。 ・さてこの記事の、「NHKで歌えなかった 島倉さんの『おっ母さん』」であるが、JASRACさんにお目こぼし戴いて、その2番だけを掲載させて戴こう。 ・「【NHKで歌えなかった 島倉さんの『おっ母さん』】MSN産経ニュース・乾正人[一筆多論] 2013. 16 06:48」 ・「歌の神様は、一世を風靡(ふうび)した歌手がこの世を去る間際に、素晴らしいプレゼントを贈るのが、お好きなようである。 美空ひばりさんには〔川の流れのように〕、石原裕次郎さんには〔我が人生に悔いなし〕を。 そして島倉千代子さんは、亡くなる3日前に『奇跡の歌声『(南こうせつさん)で、〔からたちの小径(こみち)〕をレコーディングした」 ・「島倉さんのヒット曲は数あれど、代表曲を1つだけ選ぶとすれば、【東京だョおっ母さん】(昭和32年)を挙げたい。 老いた母を故郷を出て久しい娘が東京見物させる、という野村俊夫さんの歌詞に、船村徹さんのメロディーがぴったりとあい、150万枚の大ヒットとなった」 ・「だが、35回も出場したNHK紅白歌合戦で、島倉さんが【東京だョおっ母さん】を歌う機会はついぞこなかった。 この話は、先月19日付の産経抄でも書いているが、こんなに早くお千代さんが旅立ってしまうとは夢にも思わなかった。 なので、故人を偲(しの)び、いま一度詳しく書くことをお許し願いたい」 ・「ではなぜ、NHKは、この曲を毛嫌いしたのだろうか。 関係者に聞くと、『やはり2番が引っかかったのでは』という。 歌詞は、1番で母娘が皇居前広場で記念写真を撮り、2番で戦死した『やさしかった兄さんが』待つ九段(靖国)に向かう。 この部分が、問題視されたと推測される」 ・「推測なのは、今に至るまでNHKが明確な理由の説明をしていないためである。 さきの関係者は、『放送局はNHKだけじゃない。 民放でどんどん歌えばいいじゃないか』と彼女を慰めたという」 ・「【東京だョおっ母さん】が発表されたのは、連合国軍総司令部(GHQ)による占領が終わってからわずか5年。 (解説:【東京だョおっ母さん】は私の中3の4月であるが、前年の昭和31年には、〔美空ひばり〕の【波止場だよおとっつぁん】が大ヒットしている。 島倉が『私にも同じような歌を』とゴネて、コロンビアが〔野村俊夫〕と〔船村 徹〕に作らせた話は有名で、大人しそうに見える島倉の気性の強さが分かる)」 ・「GHQは、治安維持と『戦争罪悪感』を日本人に植え付けるため、占領直後から民間情報教育局(CIE)と民間検閲局(CCD)を車の両輪として新聞、ラジオ、雑誌の検閲はいうに及ばず、電話の盗聴、手紙の開封を大々的に実施した」 ・「GHQによる『洗脳工作』は、江藤淳氏が昭和の末期に『閉ざされた言語空間』を発表するまでタブー視され続けてきたが、今夏出版された山本武利氏の『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』(岩波現代全書)でより詳しく工作の一端が明かされている」 ・「ことに占領初期のラジオ放送は、GHQが定めた『ラジオ・コード』に従って一言一句にわたって厳しい検閲を受けたという。 音楽番組も『民主化』の先兵となり、『戦時歌謡』はすべて封印された。 靖国を連想させる『九段』という地名が入った曲も放送できなくなった」 ・「検閲の記憶も生々しかったあのころ、担当者が条件反射的に2番を『放送できない』と判断した可能性は高い。 その呪縛は、ついにお千代さんが亡くなるまで解けなかった。 日曜の午後、NHKは追悼番組を放送するが、果たして2番は流れるのだろうか」 ・「見えない『被占領意識』という黒い霧は、この国のメディアをいまだに覆っているようである。 (論説委員)」・・・【織伊友作のがん患者への応援歌】にも同時掲載。 I love train さま、 コメント有難うございました。 靖国神社へのA級戦犯合祀は昭和53年で、チャイナが日本の総理大臣の参拝にクレームを付け始めたのは昭和60年です。 明らかに自国のガス抜きなのですが、ヘナチョコの中曽根が参拝を止めてしまったのは日本人として恥ずべき行為でした。 サウスコリアなんざ、その後も日本の経済援助を当て込んで沈黙していましたが、ノムヒョン馬鹿大統領の時代に、これも国内のガス抜きのために騒ぎ始めました。 ナニ、今から10年前位だったと記憶しています。 安部ちゃんは何をやってもボロカスなのですから、小泉さん以来堂々と参拝して、中韓がいくら騒ごうと日本の総理大臣は毅然と靖国に参拝するという道筋を復活させるべきでしょう。 投稿: 織伊友作.

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