君 の 膵臓 を 食べ たい 読書 感想 文。 『君の膵臓をたべたい』の読書感想文を書く際のポイントとは?

「君の膵臓をたべたい」:読書感想文

君 の 膵臓 を 食べ たい 読書 感想 文

タイトルは「共病文庫」。 それはクラスメイトである山内桜良が綴っていた、秘密の日記帳だった。 以下、感想とネタバレ 【感想 少しだけネタバレ含むかも 】 久しぶりのハードカバー よりは柔らかいけど値段高い でした。 思ったよりスラスラ読めたけれど、ストーリーの内側より外側が好きだった。 最初の、僕と山内桜良の図書室でのやりとりの中で出てくる言葉の言い回しがとても好き。 「君の膵臓を食べたい」なんて言葉もそうだけど、誰がこんな言葉を思い付く? 2人にしかわからない、合言葉みたい。 僕が誰かに名前を呼ばれるたびに想像する自分のイメージもとても良い。 「秘密を知ってるクラスメイトくん」から、「仲よしなクラスメイトくん」、そして「仲よしくん」。 もうそれはクラスメイトではないのな。 山内桜良に名前を呼ばれる回数が増えるほど、2人の親密度がわかる。 というか、僕がどんな風に思われたいか、思ってて欲しいかの気持ちもあるのかもしれないなぁと思うとちょっと愛おしい. こういったタイプのストーリーを読むと、だいたい「あー明日からは1日1日を大事に生きよう」とか「生きている今に感謝しよう」なんて思ったりすることが多いけど、実際に「1日を大事に生きる」のやり方も「生きてることに感謝」の仕方もわからないので、結局はいつもと同じ毎日を繰り返してる。 でもきっと、それが正解なのかもしれないなと、この本を読んで思った。 毎日をいつもどおり、日常として生きることが、きっと一番の幸せ。 【内容 ネタバレ含む 】 クラスメイトであった山内桜良の葬儀は、生前の彼女にはまるで似つかわしくない雨天の日にとり行われた。 という冒頭から、僕と、クラスメイトの山内桜良との物語が始まる。 僕と山内桜良は高校の図書委員。 夏の日、2人で図書室の書庫で作業をしている最中に山内桜良は口にする。 「君の膵臓を食べたい」 それは、山内桜良が昨日見たテレビの内容からくることばだった。 昔の人はどこか悪いところがあると、他の動物のその部分を食べたのだという。 山内桜良は、僕の膵臓を食べたい。 つまり、山内桜良は膵臓の病に侵されている。 しかし、まったくそんな素振りはない。 山内桜良のそんな秘密を知っているのは僕だけである。 僕は不思議になり山内桜良に聞いてみた。 「残り少ない命を、図書室の片づけなんかに使っていいの?初恋の人に会いに行くとか、やりたいことがあるんじゃないの?」 山内桜良は僕の問いに「いいに決まってるじゃん。 君だって、もしかしたら明日死ぬかもしれないのに、死ぬまでにやりたいと思っていること、今はやってないじゃん。 そうゆう意味では私も君も変わんないよ」と答える。 山内桜良はそんな女の子だ。 僕と山内桜良が出会ったきっかけは、病院の待合室で見つけた一冊の文庫本からだ。 その文庫本は余命1年と宣告された彼女の誰にも内緒の日々の記録「共病文庫」。 それを、僕は見てしまった。 天真爛漫で、行動的な彼女はクラスの人気者だ。 反して僕は内気で、人との関わりを避けるような人間。 正反対の人間同士だから、一緒にいられるのか、それとも、秘密を共有しているからなのか…山内桜良とは、その日以来、学校の外でも関わる程の仲になった。 山内桜良の前で、僕はたくさんの感情を持つ。 たくさんの新しい僕を知る。 そして、僕は一つの気持ちに気付く。 「僕は君に…」いや、もっと相応しい言葉が…「君の膵臓を食べたい」。 その言葉を彼女は見たのだろうか、楽しみにしていた彼女の反応を見ることはできなかった。 彼女は、死んだ。 膵臓とは別のもののせいで。 それから、僕はしばらく引きこもった。 しかし、思い出す。 あの本を読まなきゃ。 山内桜良が書いた、あの「共病文庫」を。 彼女を失ってから、初めて彼女の家を訪れた。 お参りをして、そのまま帰ることもできたが、僕は彼女の母親に話をした。 彼女の病気を知っていたこと。 すると、母親はやっと出会えた…と言わんばかりの表情で、僕に本を渡した。 僕が取りに来たら渡して欲しいと、山内桜良に言われていた「共病文庫」を。 それには彼女の日々が綴られている他、下書きの遺書までもがあった。 クラスメイト、家族、親友、そして僕に宛てたもの。 知らなかった彼女の想いに、僕は我慢していた涙を流した。 それはもう、今までにないくらいの涙を。 それから母親から受け取った共病文庫を手に、ひとつのことを選択する。 彼女の親友にも、このことを伝えよう。 そして、友達になろう、と。 一年かかった。 彼女の親友と友達になるのに、一年も。 しかし、ちゃんと友達になれた。 初めての友達に。 僕は初めての友達と、山内桜良の墓参りに行く。 いつの日かの、山内桜良と僕のやり取りと同じように、今度は山内桜良の親友で、僕の友達の恭子と2人で。 夏の空に、山内桜良の笑い声が聞こえてくるみたいだった。

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『君の膵臓をたべたい』の読書感想文を書く際のポイントとは?

君 の 膵臓 を 食べ たい 読書 感想 文

感想 まず、タイトルで重々しいかんじを想像していたけど、だいぶ爽やかな感じでした。 ヒロインの女の子(咲良)がキャラクターもあいまって、テンポよく進んで行くところが読みやすくてよかったです。 ほかの方の感想を読んで、「ラノベっぽい」と多数書かれていましたが、確かにと思います。 そんな感じの読みやすさ。 なので、普段小説を読まない人にもおすすめできるライトさでした。 物語中盤から泣きっぱなし 意外と早い段階から泣き始めました。 咲良が亡くなること自体はしょっぱなからわかっているのですが、その死に対する涙というよりも、その死を目前にした咲良と対峙している、主人公の少年の心の変化と成長に涙したような感じでした。 この手の人が死んでしまう系の小説は、 『生と死』がテーマになっていることが多くて、生きているって素晴らしい、生きているうちに周りの人に愛を伝えよう。 みたいな結論のものが多い気がするのですが、、 君の膵臓を食べたいは少し違っていて、 『死はすべての人に平等』ということと、『人は共存することで、人間になる』というテーマだったと思います。 これは、いままで読んできた悲しい系の小説とは一線を画しているように思います。 これ系は大体読み終わったあと、どよーんと暗くなってもっと毎日を大切に生きねば・・・みたいになることが多いのですが、意外と清々しい爽やかな気持ちになったのが意外でした。 主人公の男の子の名前 作中でずっと、主人公の名前が出てこないというのが斬新でした。 【地味な同級生くん】だったり、【仲良しくん】だったり、相手との関係性でどう思われているか、が名前のところに当てはまってくる、という表現が面白かったです。 読み進めていくとわかるのですが、この小説の軸として 『人は一人では生きていけない、周りと共存することで生きている』というテーマがあります。 そのテーマにそって、周囲の人の見え方によって自分は変わっていくというのを表現していたのではないかと思います。 究極の関係性 咲良と少年は形式的には恋人同士にはならないで物語は終了します。 なので涙と感動の、史上最高の愛みたいなのを感じたい人にとってはちょっと物足りない小説だと思います。 でも、恋人という形が究極なのかと聞かれるとそうでもなくて、この二人にとってはこの付き合ってはいない、形式に囚われた形ではない、なんの肩書きもないけどお互いがお互いを必要としている、そんな関係性がむしろ究極なのだと思いました。 実写版について まだ、実写版見ていません。 どう映像化されているのか気になります。 主人公の名前を呼ばないところ。 原作では高校生で完結している物語を20代後半(おそらく)までどう続けるのか、が気になるところです。 映画館で見るかは悩みどころですが、、 タイミングがあえば見ようと思います。 そのほか 作風が似ている、という訳ではないですが、なんとなくアサイリョウとか好きな方は読みやすいのではないかと思います。 若い作家さんという共通点があって、なんとなく作品の空気感だったり、出てくる登場人物のいまっぽさが似ているのかもしれないです。 冒頭にも書きましたが、ページ数も少ないですしテンポよくさらっと読めるので、気になっている人は読んで損ないと思います。

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【読書感想文】君の膵臓を食べたい

君 の 膵臓 を 食べ たい 読書 感想 文

感想 まず、タイトルで重々しいかんじを想像していたけど、だいぶ爽やかな感じでした。 ヒロインの女の子(咲良)がキャラクターもあいまって、テンポよく進んで行くところが読みやすくてよかったです。 ほかの方の感想を読んで、「ラノベっぽい」と多数書かれていましたが、確かにと思います。 そんな感じの読みやすさ。 なので、普段小説を読まない人にもおすすめできるライトさでした。 物語中盤から泣きっぱなし 意外と早い段階から泣き始めました。 咲良が亡くなること自体はしょっぱなからわかっているのですが、その死に対する涙というよりも、その死を目前にした咲良と対峙している、主人公の少年の心の変化と成長に涙したような感じでした。 この手の人が死んでしまう系の小説は、 『生と死』がテーマになっていることが多くて、生きているって素晴らしい、生きているうちに周りの人に愛を伝えよう。 みたいな結論のものが多い気がするのですが、、 君の膵臓を食べたいは少し違っていて、 『死はすべての人に平等』ということと、『人は共存することで、人間になる』というテーマだったと思います。 これは、いままで読んできた悲しい系の小説とは一線を画しているように思います。 これ系は大体読み終わったあと、どよーんと暗くなってもっと毎日を大切に生きねば・・・みたいになることが多いのですが、意外と清々しい爽やかな気持ちになったのが意外でした。 主人公の男の子の名前 作中でずっと、主人公の名前が出てこないというのが斬新でした。 【地味な同級生くん】だったり、【仲良しくん】だったり、相手との関係性でどう思われているか、が名前のところに当てはまってくる、という表現が面白かったです。 読み進めていくとわかるのですが、この小説の軸として 『人は一人では生きていけない、周りと共存することで生きている』というテーマがあります。 そのテーマにそって、周囲の人の見え方によって自分は変わっていくというのを表現していたのではないかと思います。 究極の関係性 咲良と少年は形式的には恋人同士にはならないで物語は終了します。 なので涙と感動の、史上最高の愛みたいなのを感じたい人にとってはちょっと物足りない小説だと思います。 でも、恋人という形が究極なのかと聞かれるとそうでもなくて、この二人にとってはこの付き合ってはいない、形式に囚われた形ではない、なんの肩書きもないけどお互いがお互いを必要としている、そんな関係性がむしろ究極なのだと思いました。 実写版について まだ、実写版見ていません。 どう映像化されているのか気になります。 主人公の名前を呼ばないところ。 原作では高校生で完結している物語を20代後半(おそらく)までどう続けるのか、が気になるところです。 映画館で見るかは悩みどころですが、、 タイミングがあえば見ようと思います。 そのほか 作風が似ている、という訳ではないですが、なんとなくアサイリョウとか好きな方は読みやすいのではないかと思います。 若い作家さんという共通点があって、なんとなく作品の空気感だったり、出てくる登場人物のいまっぽさが似ているのかもしれないです。 冒頭にも書きましたが、ページ数も少ないですしテンポよくさらっと読めるので、気になっている人は読んで損ないと思います。

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