渡辺力 時計。 リキクロック0401 電波時計/渡辺力 (わたなべりき)|愛着を持ってずっと使いたいモノを集めたセレクトショップ、ZUTTO

掛ける?それとも置いてみる?今こそ大切にしたい「時計」のある暮らし

渡辺力 時計

視認性 視認性の高い文字盤のおかげで時間がとても見やすいです。 また、数字には生き生きとした表情のあるフォントを使い、時計の文字盤には珍しいイタリック調の字体(傾斜した文字)になっています。 またこちらのタイプは電波式ムーブメントを搭載していますので時間を合わせる必要がなく、常に正確な時間を刻みます。 清潔感のある明るいプライウッドを使い、シンプル且つ優しい表情を見せてくれます。 生き生きとしたイタリック調のフォントを採用した美しい文字盤です。 中央にはRikiのサインも入っています。 数字を内側に配置し、外側の目盛りで1分刻みの細かい時間を正確に読み取れる、機能的なレイアウトです。 プラスチック製のカバーが付いた電波式ムーブメント。 カバーの中に電池ボックスや設定ボタンがあります。 Purchase カートへ入れる レムノス 1947年、富山で真鍮鋳物のメーカーとして創業。 SEIKOの時計枠の製造などを経て、オリジナルブランドを設立。 渡辺 力、安積 伸、川崎 和男、塚本 カナエなど、国内の有名デザイナーを起用した製品は、国内だけでなく海外でも高い評価を獲得している。 数多くの製品がグッドデザイン賞に選出されるなど、日本を代表するインテリアクロック・ブランド。

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デザイナー 渡辺力

渡辺力 時計

渡辺 力 氏の長いデザイナー人生 1936年 東京高等工芸学校木材工芸家卒業。 1940年 同校の助教授になりました。 1943年 東京帝国大学農学部林学科の助教授に就任。 1949年 渡辺力デザイン事務所を設立してフリーランスのデザイナーとなりました。 同年に日本インダストリアルデザイナー協会 JIDA が設立され理事に就任しました。 その後、旧東京ヒルトンホテルや軽井沢プリンスホテルをはじめとしたホテルの内装デザインや、あの日比谷にある第一生命のポール時計や成田空港の世界時計など多くの家具・プロダクトを手掛けました。 1976年 紫緩褒章を受賞。 100歳を超えても現役で新作のリリースをしていたいたすごい人です。 2013年に亡くなりました。 戦前からプロダクト、デザインに関わり、それこそ日本でパイオニアのような存在のひとりです。 まず、彼がデザイナーとしてどれほど優れているかをわかっていただいたうえで、ハーマンミラー物語を書くほどミッドセンチュリー期に精通していたということもポイントになります。 なにせ当時を経験した人ですからね。 ハーマンミラー物語の前書きを抜粋します。 「おそらくハーマンミラーとネルソンたちのことを詳しく知ったのは、ネルソンが深くかかわっていた雑誌『アーキテクチュアル・フォーラム』からだったような覚えがあります。 その後、1956年にアメリカ工業デザインの現場を見学するメンバーに柳宗理さんらと選ばれ、渡米。 イームズ夫妻やサーリネンらが学んだクランブルックアカデミーやハーマンミラーの本社などを訪ね、さらに彼らの仕事に関心を持つようになりました。 ただ、ネルソンやイームズと直接知己を得たのは帰国してからのことで、ネルソンとは1956年、イームズとは1957年にはじめて会いました。 剣持勇さんらと一緒に、何度か食事を共にしました。 」 渡辺力談 イームズ夫妻には自身の時計をプレゼントしたエピソードもあります。 自身もデザイナーでありながら、アメリカンミッドセンチュリーを日本へ伝えていた素晴らしい人です。 日本の重要なデザイナーの一人ですので、絶対に知っておくべきですよ。 これもあり、私は自分のお店では時計を渡辺力さんのばかり提案しています。 相性が良いです。 オンラインショップもあります。 ハーマンミラーエルゴノミックアドバイザーであり、ハーマンミラーコレクションアンバサダーでもあることで知識やアフターフォローまで優秀です。 アーロンチェアやエンボディチェアやセイルチェアなどお求めならお薦めです。 個人への家具販売からインテリアデザインに、オフィスデザイン、事務所や商業施設への家具販売に施工からアフターフォローまで承っています。 法人向けのコントラクト販売もしていますのでプロの方もご相談ください。

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渡辺力 時計

モダニズムの名作 現在も日比谷交差点に立つ、第一生命本社のポール時計 1972 は、自他共に認める渡辺 力氏の代表作です。 その当時、西洋建築には装飾的な時計をあわせるというのが常でした。 重厚な石積みの西洋建築に、どう対処するか。 考えた結果、彼がたどり着いたのは極限まで切りつめられた、シンプルで力強いモダンデザインでした。 正方形の黒いインデックスは、視認性の高さと同時に環境への調和を両立し、国内外を問わず公共時計の手本となる存在です。 ポール時計のデザインから40周年を迎えた2012年。 晩年の渡辺 力が、自らの手で家庭用にリデザインを行い、この「日比谷の時計」が生まれました。 シンプルですが、確かな存在感を感じさせる美しい時計です。 場所を選ばないデザイン 古い重厚な建築をモダンな感性で再定義したこの時計には、いくつもの表情があります。 重厚さ、可愛さ、無骨さ、繊細さ、相反する要素が上手く調和して安定感のあるデザインが構成されています。 サイズも2種類用意されていますので、どんなインテリアでもご利用いただけます。 <第一生命本社> 1938年に第一生命の本社として建てられた、歴史的な建造物です。 戦後の1945年にはGHQの庁舎として接収され、1952年に接収が解除されています。 マッカーサーは東京に進駐した9月8日当日に、複数あった候補の中から機能的なこのビルを選んだとされており、現在でもマッカーサー総司令官室が保存されています。 1970年代後半には、警視庁本庁舎新築に伴い仮庁舎として使用されたこともあります。 1995年に大規模な増築が行われ、現在は『DNタワー21』の一部として保管されています。 <日比谷第一生命ポール時計> 1972年、皇居前に位置するこの歴史的な建造物の前にパブリッククロック(公共の時計)が設置されることになりました。 そのデザインを手がけたのが、当時服部時計店 現在のSEIKO)でデザインを手がけていた渡辺 力でした。 彼がデザインしたこの時計は重厚な建物に調和しながらも、現代の街並みにあったモダニズムを併せ持ち、『渡辺氏の代表作』として国際的に評価されています。 視認性の高さはもちろん、建築との調和、さらに景観への配慮といった要素をうまくバランスさせたこの時計のデザインは、その後のパブリッククロックに多大な影響を与えたといわれています。 Purchase カートへ入れる レムノス 1947年、富山で真鍮鋳物のメーカーとして創業。 SEIKOの時計枠の製造などを経て、オリジナルブランドを設立。 渡辺 力、安積 伸、川崎 和男、塚本 カナエなど、国内の有名デザイナーを起用した製品は、国内だけでなく海外でも高い評価を獲得している。 数多くの製品がグッドデザイン賞に選出されるなど、日本を代表するインテリアクロック・ブランド。

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